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第133話
ビーチに舞い降りた天使とともにジェットスキーに乗り込んだまではよかったものの、樹くんの背中がかっこよすぎて走り出す前に鼻血が出た。
私が落ち着くまでの間、樹くんは涼風の旦那さんを後ろに乗せてジェットスキーを運転した。
……いや、かっこよすぎない?
ウエットスーツに着替えた樹くんがジェットスキーを軽やかに運転している。陸からある程度距離があるので顔は見えないが、樹くんジェットスキーを運転しているという事実だけでもうかっこいい。
「悠、大丈夫?」
「だいじょばない……」
「でもすごいよね、船舶免許持ってるなんて」
何でも桧原家が所有している別荘も海岸沿いにあり、そこで樹くんがジェットスキーを運転する姿が見たいがために、夏樹さんが強制的に免許を取らせたらしい。
あの人は今も昔もやることがとんでもないと思うが、おかげで私もその恩恵を受けることができているので文句は言うまい。
しばらくして樹くんと涼風の旦那さんが帰ってきた。
「悠ちゃん、鼻血止まった?」
「うん、もう大丈夫」
「じゃあ、後ろ乗る?」
「……ののののの乗ります!」
というわけで、ジェットスキー再チャレンジである。何がよくないって、このピチピチのウエットスーツだよね。このピチピチ越しに見える筋肉がよろしくないというか、肌は見えないのにボディラインだけはわかるのがよろしくないというか……!
極力、樹くんの背中を見ないように視線を下げる。
「悠ちゃん、行くよ」
「は、はい!」
樹くんがジェットスキーを運転する。はじめは鼻血が出ないように必死だったがすぐにテンションが上がり、無事鼻血が出ることなく楽しむことができた。
「樹くん、運転ありがとね」
海岸に戻り、レジャーシートで休憩する。今度は西牧さん夫婦がジェットスキーに乗り、その間坂宮夫婦は砂浜で砂の城を建設している。
「楽しかった?」
「うん、すっごく楽しかった!」
そもそも樹くんがいて楽しくないことなんてないけどね! 樹くんがいれば、たたみ一畳の上でも楽しく過ごせる自信がある。
……いや、待てよ? 今日の私、樹くんにいいところ一つも見せられてないよね?
ビーチバレーでは大敗するし、ジェットスキーの免許は持ってないし、樹くんの前で鼻血出すし……これじゃあ、全然ダメだ。
ついでに言えば、水着姿について樹くんに何か言われることもなかったし……。
そりゃ、まあ体型に自信があるわけじゃないからいいんだけどね。でも実は今日のためにわざわざ涼風と水着を買いに行ったわけで。本当はちょっとくらい可愛いと思ってもらいたかったわけなんです。
もう、こうなったら主婦メンバーで最っ高に美味しい夜ご飯を作って、樹くんの胃袋を掴んだうえに膨らませるしかない!
終わりよければすべてよし。ご飯さえ美味しければすべてよし。そうよ! 時間はまだまだあるんだから、挽回のチャンスもまだまだあるってことよね!
「悠、なんか悪巧みでも考え中?」
「失礼か」
可愛いらしい砂の城を完成させた涼風がレジャーシートに戻ってきた。
「いや、なんか笑顔が凶悪だったから」
「え、嘘!? やば。樹くんに見られて……」
「あんたの旦那さんなら、あっちでうちの旦那と新しい砂の城を建設してるわよ」
「何ですって!?」
涼風が指差した方に視線を向けると、たしかに樹くんが砂のお城を建設しはじめていた。砂で遊んでる樹くん、可愛い。
「ってか、悪巧みじゃないなら、さっきの笑顔は何よ?」
「え、あー、ちょっと落ち込んでた」
「落ち込んでる人があんな笑い方する?」
「だって、今日ダメダメだったから」
「どこが?」
「ビーチバレーは負けるし、鼻血出すし、ジェットスキーの運転もできないし……」
「そんなのいいじゃない。大事なのは楽しむことでしょ。それにあんたが鼻血出したくらいで幻滅する人でもないでしょ? あんたの旦那さんは」
「涼風……!」
勢い余って涼風に抱きつく。
「うわ、力つよ……」
「そうだよね。せっかく海に来たんだからそんなの気にしてちゃ、もったいないよね」
いいところを見せられなくても、楽しむことが大事だよね。
「よし、じゃあ、私も砂で何か作ろうかな」
いつまでもウジウジしてたって仕方ない。もっといろんなことを楽しまなきゃ!
「いいじゃない。何作るの?」
「金閣寺」
「世界遺産!?」
樹くんと涼風の旦那さんと合流し、西牧さん夫婦が戻るまで四人で砂の城を作った。
このときの私は知るよしもなかった。楽しく遊んだあと、あんなとんでもないことが起こるなんて。
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