第14話

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第14話

七月末のとある平日。部屋の掃除機をかけ終え、ソファで一息ついていたところに、スマホの電話が鳴った。画面には涼風の名前が表示されていた。 「もしもし? 涼風?」 『あ、悠。今時間大丈夫?』 「うん。大丈夫だけど、どうしたの?」 『実はさ、近所の主婦さんからね、隣町に出来たスポーツジムの一日体験チケットをもらったんだけど、運動不足解消に悠もどうかなって』 ジムか。何気に行ってみたいとは思っていた。ただ一人で行くのは緊張するし、続けられる気もしなかったので、ちょうどいい。それに最近食べ過ぎな気がしていたし。 何しろこの前テレビでやっていた和菓子特集を見た樹くんが、その番組内で紹介されていた高級和菓子セットを通販で注文したのだ。それも四セットも。おかけで家事の合間に小腹が空くと思わず手を伸ばして、パクパクと食べてしまう。 小学生のころから中学生までは空手をしていたし、一人暮らしをしていたときは、部屋にちょっとした運動器具を置いたりして、運動不足にならないように気をつけていた。 それが結婚してから全く何もしなくなってしまった。 一人暮らしをしていたときの運動器具は実家に送ってしまい、唯一の運動といえば家の階段の上り下りと自転車に乗ってスーパーに行くことくらいだ。 「いいよ。私もちょうど行ってみたかったし」 『やった! じゃあ、今週の金曜日の一時にバス停で待ち合わせね』 「わかった。金曜ね」 今はまだよくてもそのうち太るかもしれないし、ちょうどいい。 約束の金曜日。隣町にオープンしたジムに、涼風とバスに乗って行った。 はじめの一時間は自由に器具を使うことができ、その後別室でダンスインストラクター指導のもと、みんなで体のさまさまな筋肉を鍛えるダンスを踊る。というものだった。 久しぶりに本格的な運動をすると、とんでもなく疲れる。腹筋や背筋を数回しただけでもしんどかったし、ランニングマシンも途中から疲れてほとんど歩いていた。 そのあとのダンスも普段使っていない筋肉が刺激されて、良い運動にはなったがとにかく全身汗だらけだし、体のだるさがすごかった。 すべての体験を終えてシャワーを浴び、更衣室で涼風と一緒に私服に着替える。 「結構キツかったね」 「本当、久しぶりに体動かしたから余計に」 「涼風はこのジム通うの?」 「一応そのつもり」 珍しいこともあるものだ。涼風は基本的に運動嫌いで、体育の授業もよくサボっていた。この体験に参加しようと決めたのは、最近体重が増えたからだと言っていたが、まさか通うとは思いもしなかった。 高校生のころから、涼風が何かしらのダイエットをすると宣言して継続した試しがない。 「そんなに体重増えたの?」 「いや、それもそうなんだけどさ……実はウチの旦那、腹筋割れているような女の人が理想のタイプなんだって」 「へ?」 まさかの理由に変な声が出てしまった。単に痩せたいとか健康ためかと思っていたが、まさか旦那さんのタイプに合わせたいからだとは。 涼風は基本的に男の好みに合わせことをしない。どちらかというと付き合う彼氏の好みに合わせて服を変えたり、趣味を変えたりするのを嫌う。 だから涼風がそんな風に旦那さんの理想のためにジムに通うというのは意外だった。 「結婚当初は全然考えてなかったんだけどね、一緒にいる時間が長くなると、やっぱり色々マンネリ化してくるのよ。だからこう……ね」 照れているのか、最後のほうは言葉を濁していたが、要するに旦那さんの気を引きたいということだろう。涼風も可愛いところあるな。 そういえば樹くんの理想のタイプとか体型ってどんなのだろう。聞いたことないな。 出会ったころから大して体型は変わってないはずだから、現状維持が出来ればいいような気もするが、もしかしたらぽっちゃりが好きとか、痩せてる人が好きとか…… いや、もしかしたら本当は巨乳が好きとかあるかもしれない!! ちょっと待てよ、それはまずい。あいにく私はBカップだ。 体型もわりと普通。非常に残念なことに、出るところは出て、引き締まっているところは引き締まっているという素晴らしい体型ではない。要するに全体的に真っ直ぐなのだ。メリハリがない。 「私もジム通おうかな……」 前に読んだ雑誌に、胸を大きくするには大胸筋を鍛えるべきだと書いてあった。 私だって少しでも樹くんの気を引きたいと思う。それにあの圧倒的光がいつまで私の前で輝いてくれるのか、時々心配になることがあった。その心配を消すためには努力も必要ってことよね。 「じゃあ、月に四回コースにしよっか」 涼風の提案により私は月に四回、ジムに通うことにした。 少しでも今より綺麗になって、お互い自分の旦那を驚かせようと、涼風と約束した。
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