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第15話
「……ちゃん、悠ちゃん」
私を呼ぶのは誰だろう。重たいまぶたをゆっくり持ち上げると、あまりの眩しさに手で目の上あたりにひさしをつくる。
ご、後光が……後光が強い……。
「悠ちゃん、お昼ご飯出来たよ」
再び名前を呼ばれ、はっとして飛び起きた。寝てる場合じゃない!
「ありがとう……痛たたた……」
「大丈夫?」
「うん。それよりごめんね。お昼ご飯」
「いいよ。いつも作ってくれてるし。それより食べよ」
後光が強いと思ったら隣に天使がいた。痛む腰やら腕やらを何とか動かして、料理が並んでいるテーブルに向き合う。
昨日涼風とジムに行ったのは良かったが、翌朝、つまり今日の朝から全身筋肉痛でまったく動けなかった。自分の身体能力を侮っていた。ある程度筋肉痛になることは覚悟していたが、まさかここまで酷いとは。
おかけでお昼ご飯を樹くんに作らせてしまった。せっかくの休みなのに申し訳ない。しかし本当に体を動かすのがしんどいため、ずっとソファと一体化するように寝転がっている。
ちょっと動いただけて疲れて眠くなってしまう。目の前の天使はそれを察したらしく、作った料理をわざわざソファの前のテーブルまで持ってきてくれた。なんて天使なのだろう。
テーブルに並んでいたのはタコライスだった。しかもこれが美味しいからすごい。樹くんも一人暮らしが長かっため、基本的に家事や炊事は全般できる。
結婚当初は私も働いていたので、残業で帰るのが遅くなったときは、樹くんが食事の用意をしてくれていた。それも私が専業主婦になってからはなくなったので、樹くんの手料理を食べるのは久しぶりだった。
「美味しい!」
「良かった。そういえば何でジムに通うことにしたの?」
タコライスをパクパクと食べながら、ちらりと樹くんがこちらを見た。
「あ、ほら。その……運動不足解消とか」
「とか?」
「……あと、太らないようにね!」
まさか胸を大きくするのが一番な目的ですとは言えず、とにかく当たり障りのない理由を並べた。
「そんなの気にしないのに」
「え?」
「別に悠ちゃんが太っても気にしないよ。適度な運動は体に良いと思うけど、体型が変わっても俺は気にしないし、もちろん今のままで良いと思うよ」
「ちょ、樹くん……」
危うく食べていたタコライスを喉に詰まらせるところだった。
当の本人はいつも通り無表情で何事もなかったかのようにタコライスを食べ、その後残っている高級和菓子セットの中からみたらし団子を食べ始めた。
……というか、この人はなんで太らないのだろうか。
翌々日、再び涼風から電話がかかってきた。
どうやら涼風も旦那さんに、わざわざ腹筋を割る必要なんかないし、理想はあくまで理想なのだからかにする必要はないと言われたらしい。
「だからさ、ジム通うの月二回にしない?」
という提案だった。まだ正式にコースの契約をしていないので、今なら変更はできるはず。私も涼風の提案に乗った。
「悠のところも旦那さんに何か言われたの?」
「うん。体型なんて気にしないし、今のままでも良いって」
胸の話はしていないが、今のままで良いということは、巨乳じゃなくても良いということだろう。たぶん。
「ジムに行った次の日、全身筋肉痛だったから家事、炊事ほとんどやってくれたの」
「優しい旦那さんね」
「うん。樹くんって体の約80%が光で出来てると思うんだよね。あと20%は和菓子とぬくもり」
「その考えでいくと、あんたの旦那さん体に水分ないけど」
「あ、でも0.5%くらい私への愛があると思いたい」
「それでいいのか、あんたは」
結局、月に二回、健康のために涼風とジムに行くことになり、私の巨乳になる大作戦はたった一日で白紙になった。
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