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第18話
夕方に来たわりに祭り会場の周辺は混雑していた。そうはいっても地域規模のお祭りのため、人が多すぎて前に進めないというほどでもない。
これくらいがちょうどいい。と言う感じの混み具合だった。花火は夜なのでそれまでに屋台を見て回ろうということになった。
「あ、ねえ、樹くん。あれ食べたい」
真っ先に目に飛び込んできたのは、たこ焼き屋だった。今日はお昼ご飯が早かったので、結構お腹が空いている。樹くんもお腹が空いていたのか、私とは別の味のたこ焼きを買った。空いているベンチに座り並んでそれぞれが買ったものを食べ始める。
「たこ焼き一つあげる」
樹くんがたこ焼きを一つ爪楊枝にさしてそう言ったので、ありがたく受け取ろうとしたが、なぜか爪楊枝を持ったまま渡す気配がない。
「口、開けて」
そう言われて一瞬思考がシャットダウンしたが、樹くんがたこ焼きを口元に近づけてきたので、出来るだけ小さく口を開けてたこ焼きを食べた。
「あっ……つ……!」
熱いけど美味しかった。明太子ソースか。初めて食べたけど、こういうのも良いかもしれない。
私はお返しにと、自分のたこ焼きを一つ爪楊枝でさして、樹くんに食べさせようとした。すると樹くんは私の手を掴んで、自分の口元まで持って行ってたこ焼きをパクリと食べた。
「ん、美味しい」
恥ずかしさを誤魔化すべく、私は全力で残りのたこ焼きを平らげた。熱いなんて関係ない。むしろその方が、照れていることを隠せるのでちょうど良かった。
そしてたぶん少し火傷をした。
「次、何食べる?」
「あ、あれは? 綿菓子」
今度は綿菓子の屋台に行って、一緒に綿菓子を食べたり、そのあと樹くんがたませんを食べたいというので、たませんの屋台を探しながら歩いた。
たませんの屋台ではルーレットを回すことができ、玉が入った場所に書かれている数字の数だけ作ってもらうことができる。例え三枚でも、値段は一枚分と変わらない。
「あ、すごい。三枚だよ!」
樹くんがルーレットを回すと、玉は三と書かれている溝に落ち、おじいさんがたませんを三枚くれた。当たったのは嬉しいが、樹くんの両手は塞がってしまい、食べるのにも苦労していた。
次は食べ物以外の屋台を見に行こうという話になり、私たちはたません屋の近くにあった水ヨーヨー釣りをしに行った。
私は青色の水ヨーヨーに狙いを定めて、釣り上げる。何なくクリア。そのあと横にあった白色の水ヨーヨーに狙いを定める。これもクリア。ついでにピンクとオレンジの水ヨーヨーも釣った。
「お姉さん、ヨーヨー釣るのうまいね」
屋台のおじさんに褒められてる。って、自分でこんなに釣ってどうする!
こういときはだいたいうまく釣れなくて、悲しんでいるところに男が器用に釣り上げて、それを喜んで貰うという可愛さを見せるべきなのに。
自力で水ヨーヨーを四つも釣るなんて、樹くんもちょっと引いているかもしれない。と、後ろで立ったまま私の様子を見ていた樹くんをチラリと見ると、水ヨーヨーを真剣に眺めていた。
「樹くんもやる?」
「ねえ、悠ちゃん、あれ取って」
てっきり水ヨーヨーを釣りたいのかと思っていたのに、後ろから耳元で囁かれ、危うくヨーヨーが浮いている水槽に顔をから突っ込むところだった。樹くんが指をさしたのは、濃い青色の水ヨーヨーだった。
「任せて」
少し奥のほうに浮いているそれに狙いを定めて、輪ゴムに金具をひっかける。釣り上げた! と思った瞬間、紐が切れた。
ぼちゃん! と水ヨーヨーが水槽に落ちる。最悪だ。よりによって樹くんに渡そうとしていたヨーヨーを釣るのに失敗するなんて。
私だけバカみたいに四つも持ってたら、本当にバカみたいじゃない。涙が出そうになる。せっかく樹くんが私に取ってほしいと言ってくれたのに。
「釣り上げたから、いいよ」
おじさんが優しく濃い青色の水ヨーヨーを渡してくれた。別の涙が出そうになった。
「あ、ありがとうございます!」
お礼を言って屋台から離れ、樹くんに水ヨーヨーを渡した。
「ごめんね、落としちゃって……」
「ううん。ありがとう」
樹くんは左手の中指に水ヨーヨーの輪ゴムの部分をはめて、バンバンと数回叩いてみせた。
「でも何でその色が良かったの?」
たぶん私が釣り上げていない水ヨーヨーの色を言っただけなのだろうが、何となく気になって聞いてみた。
「これ、悠ちゃんの浴衣の色と一緒だから」
それだけ言うと、樹くんはまた何回か水ヨーヨーを叩いた。
ダメだ。花火打ち上げまであと二時間半。私の心臓はそれまで耐えられるのだろうか。今のところ、その自信はない。
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