第3話

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第3話

掃除気を購入し、樹くんのスーツも無事購入できたので、一旦昼食をとることにした。 フードコートに行くと予想はしていたものの、ほとんど満席状態で席を確保するだけでも大変だったが、何とか二人がけの席を見つけそこに座ることにした。 「俺、買ってくるから、悠ちゃん何がいい?」 「んー、じゃあ、あそこの海鮮丼屋さんの、サーモン丼をお願い」 「わかった。ちょっと待ってて」 樹くんは席から遠く離れた海鮮丼屋さんに向かうべく、人混みに紛れて行った。なんて紳士的なのだろうか。好きだ。 とにかく今日はどこも人が多いものの、見つけた席が壁際だったので良かった。樹くんはもともと人混みが苦手なのだ。 だから今日デパートに行くのも本当は嫌なんじゃないかと危惧していた。しかし結婚して半年、樹くんは普段結構忙しい。土日は基本的に休みだけれど、家に仕事を持ち帰ることも度々あるし、疲れて昼まで寝ていることもある。 最近少しずつ仕事が落ち着いてきたことと、このデパートのオープンの件があり、これはチャンスだと思った。 頼んでみるとあっさりと承諾してくれたし、何の不満を言うこともなくここまで連れて来てくれたが、やはり疲れているのかもしれない。  その証拠にサーモン丼を二つ買ってきた樹くんは、ついでにわらび餅を二つ買ってきていた。何でも海鮮丼屋のデザートメニューにあったとか。 「ありがとう。樹くん疲れたでしょ」 「大丈夫。これ買ったから」 樹くんはわらび餅を見ながらそう言った。 彼の好きな食べ物は和菓子だ。いちご大福や饅頭、わらび餅が好きで、ボーナスが出ると老舗の和菓子屋に行って、色とりどりのお菓子を買ってくる。おかげで私も最近和菓子を食べるようになった。 他愛もない話をしながらサーモン丼を食べ、そのあと二人でわらび餅を食べた。きな粉のほどよい甘みが口いっぱいに広がり幸せな気持ちになる。 ふと、目の前の樹くんを見ると、少しだけ、ほんの少しだけ嬉しそうに顔を綻ばせていた。その顔を見た瞬間、口の中にあったわらび餅が喉に詰まった。慌てて水を飲みながら胸元を叩く。 「ゲホッ、ゲホッ!」 この歳で喉に餅を詰める日が来るとは思わなかった。 「悠ちゃん、大丈夫?」 水でわらび餅を必死に流し込みながら、何とか首を縦に振る。正直なところ死ぬかと思った。物理的に。 樹くんは基本的に無表情だ。正確に言えば感情があまり顔に出ない。ついでに言うとそれは声も同じだ。普段から発する声にはあまり抑揚がない。だから周りからはだいたい「何を考えているかわからない」と言われる。 しかし和菓子を食べるときは違う。和菓子を口に入れた瞬間、幸せそうに顔を綻ばさせる。といっても周りから見ればたぶんほとんどわからないくらいの微妙な変化だけど。 私はこの顔を見るために生きているといっても過言ではない。その素晴らしい顔をこんな公共の場で見れるとは。日曜日とはやはり素晴らしいものだ。 「美味しい?」 私が聞くと、樹くんは口に和菓子を入れたまま黙って首を縦に振った。 ダメだ。どうしてカウンター席が空いていなかったんだよ。 目の前でこんな可愛い生き物が動いていたら、私の心臓がもたないことは百も承知だったはずなのに。つい頭を抱えそうになる。 「次はどこ行きたい?」 デザートを食べ終え、少しの間ぼうっとしながら次にどこに行くかを話し合う。 私の一番の目的は済んだし、それは樹くんも同じだ。そうはいってもせっかく来たんだからもう少し一緒にいたい。 「あ、そうだ。せっかくだからちょっと洋服見るの付き合ってほしいかな」 「いいよ」 特に絶対これが欲しいとかこのお店に行きたいというのはなかったが、最近暑くなってきたので新しい服が欲しいと前々から思っていた。  それにデパートといえばやはり服屋が一番多い。お店もたくさんあるので、ぶらぶらとしながら適当に見に行くことにした。
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