第6話

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第6話

スーパーの開店時間である午前九時ちょうど。  ケチャップを求めて家を出て、徒歩で近所のスーパーに向かう。自転車を使ってもいいのだが、家から一番近いスーパーは徒歩十分。運動不足解消のために出来るかぎりは歩くようにしている。 まだ朝だというのにすでに外の気温は二十五度を超えており、とんでもなく暑い。風が吹いているだけマシだが、玄関から外に出て五分で汗をかいてきたし、サンダルに素足なのにもう脱ぎたいレベルだ。 アナウンサーの綺麗なお姉さんが、テレビで今日の最高気温は三十四度だと言っていた。 どこかの国では最高気温が三十八度まであがるとも言っていたが、三十八度って人間でいうと熱だよ。もはや風邪だよ。もしくはインフルエンザ。 「あら、桧原さん?」 あまりの暑さに早くスーパーに行こうと足早に歩いていたが、道中自転車をとめてわざわざ立ち話をしている二人組の主婦さんに遭遇した。 「あ、おはようございます」 同じ町内の宮下さん一号と二号だ。この二人は親戚ではないがたまたま苗字が同じで、しかもわりと見た目が似ているので、心の中で勝手にそう呼んでいる。 嫌いではないが捕まるとやっかいだ。何しろ噂好きで話が長い。普段はあまり気にならないが、こう暑い中外で長話をする気力はない。 というか、どうしてこんなに暑いのにわざわざ外で話しているのだろう。主婦とはそういうものなのだろうか。これがかの有名な主婦のジタバタ会議なのだろうか。 「これからスーパーに行くの?」 「はい、調味料を買いに」 「ああ、今日は調味料全品5%オフらしいわよ」 「あそこのスーパー本当に安いわよねえ」 という話から始まり、当たり障りのない返事をしているうちに、全く関係のない話に移り変わっていた。 「ところでウチの旦那なんだけどね。昨日、日曜だからって昼の二時まで寝てたのよ! 信じられる?」 この二人は話を脱線させるのがうまい。スーパーのセールの話から最近引っ越してきた若い夫婦の話になったかと思うと、いつの間にか宮下さん一号の旦那さんの話になっていた。 そしておそらくあと二十分したら、またスーパーのセールの話に戻るだろう。しかも話が全く途切れない。 「何のかしらね、あれ。こっちは毎朝七時には起きてるのに」 この会話無限ループからいかにして抜け出すか……。 私は適当に相槌を打ちながらこのループから抜け出す機会を伺っていた。 「あら、ウチも似たようなもんよ。先週なんか、十時に起きたと思ったら三時に昼寝して、起きたのは夕方の六時よ!」 二人はギャハギャハと大声をあげて笑う。 「桧原さんの旦那さんはお昼寝とかされなさそうよね」 「いえ、ウチも休みは昼まで寝てるときありますよ」 まさに天使の休息。樹くんの寝顔は神様からの贈り物だと思ってるから、何時間寝てもらっても構わないけど。おかけでスマホのデータフォルダが潤うし。 「そうなの? 意外ねえ。でも嫌じゃない? もう、日曜でも会社に行ってほしいものだわ」 「まあ、桧原さんのところは新婚だから、そういうのはないわよね」 「あら、そうだったわね。ご主人が会社に行かれるのも寂しいんじゃない?」 「そうですね。ドローン飛ばして追いかけたいくらいですね」 「え……ドローン??」 「ド……ドローン??」 よし、話が途切れた。今のうちよ。 「あ、それでは私、調味料を買いにスーパーに行きますね。ごきげんよう」 「ご……ごきげんよう……」 こうして何とか会話無限ループから抜け出すことに成功した。 もしかしたらこれから数日は、町内の主婦さんの間で「ドローンさん」とか影で言われるかもしれないけど、まあいいだろう。事実だし。 本当、よくこんな暑い中話し続けられるよね。立ってるだけでも汗をかくのに、あれだけくちゃくちゃと喋ってたら唾飛ばしすぎて脱水症状になるわ。 宮下さん二人と別れ、五分ほど歩いたところでようやくスーパーにたどり着いた。
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