* 3章 *

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とんでもない会話を繰り広げる龍悟と旭の様子に、涼花は自分の存在を空気と同等まで薄めるよう努める。いつも思うが、このテンションとこのテンポの会話の中に入っていける気は微塵もしない。同じ空間で会話を聞いているだけで肝が冷えるし、間違ってもこっちに会話を投げないでくれと切に願う。 「まぁ、とにかく…これはラボに回して詳しく成分調査してもらう事にしよう」 一通り騒いだ後で龍悟がそう結論付けたので、涼花は消していた気配をそっと戻して時計を確認した。スピーチが終わり少し休憩の時間を挟んだが、龍悟はこの後のプログラムもこなさなければいけない。 「社長、そろそろ会場に戻りませんと…」 「そうだな。旭、抜けれるか?」 「はい。1度社に戻ります」 ポケットに仕込んでいた薬袋の全てを部屋の隅に放置してあった鞄の中に突っ込みながら、旭が素直に返答する。これらの薬を模した粉玉や粉末は全て無駄になってしまったが、結果を考えれば努力は無駄ではなかったと思う。旭はすっかり秘書の顔に戻ると、龍悟の手から小瓶を受け取り、粉玉が詰められた鞄を携えて控室を出て行った。 残された涼花は立ち上がった龍悟の前に立つと、その胸元に指先を寄せる。いつものビジネススーツではなく、三つ揃いのフォーマルスーツを身に纏った龍悟は、いつも以上に身体のラインが際立ち男性美と独特の色気を醸し出していた。涼花の指先がポケットチーフの位置を正すと、龍悟は満足したように頷く。 「秋野は大丈夫だったのか?」 だが龍悟が訊ねたのは自分の身だしなみではなく、涼花の心労だった。 龍悟は当初、1度嫌な思いをした涼花を矢面に立たせることを躊躇った。大事な秘書を傷つけるような真似はしたくないと涼花にも旭にも説いたが、涼花が『女性が犯罪に遭うかもしれないのに見過ごせない』と意思表示をしたため、最後は涼花の意思を尊重してくれた。事実、涼花が受付横に配置されたことでボディーチェックを行う旭の作業が円滑に進み、不自然なく目的のものを得ることに成功した。 「はい。特に問題はありません。ちゃんと回収できてよかったです」 涼花が頷くと、龍悟が安心したように『そうだな』と呟いた。時計を確認すると、そろそろ宝探しゲームが始まっている時刻になっていた。1度退いていた主催者が再び会場に姿を現すにも良い頃合いだろう。
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