気付いた日

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気付いた日

冬が明け、桜が満開になった実感が来る前に、強風がその桜を皆散らし、4月の入学式では少し細々としてしまった桜の木を背に写真を撮られた。 大学の入学パンフレットに載っていた、記念写真に~との名目の大きな桜の木。 思ったより小さいんだな。 そんなことを思いながら、俺は部活動紹介のページを開いていた。 陸上競技部…。 続けるか何度悩んだだろう。 正直成績は県大会どまりで、大学であからさまに伸びる見込みもなかった。 しかし、体が動くうちは競技に浸りこみたくもあった。 とりあえず、部の様子を見よう。 うちの大学は縦に長く、授業を受ける棟から部室のある棟までかなり距離があった。 その通り沿いは、新入部員の歓迎であふれていた。 陸上競技以外に、何か興味があったわけではない。 他部活の勧誘はすべて無視し、陸上のパンフレットだけもらった。 「あ、すみません!」 後ろから、かわいらしい声で呼び止められた。 「1年生、ですよね?陸上部入る人ですか?」 「あ、は、はい。そのつもりで…」 「おぉ!私も陸上部入るつもりで!」 …この子が陸上部…? 長い髪で、服装もなんかふわっとしてて…あ、マネージャー志望か。 こんなかわいくて大人っぽい子がマネージャーなら楽しそうだ。 そう思いながらはにかんでいると、向こうから口を開いた。 「ん、今こんな子が走るの?マネージャーって思った?」 「え、えっ、まぁ…」 「ふふっ…私選手だよ。短距離。あ、名前言ってなかった。山川絢音ね、よろしくね」 「え、あ、中井和真です。…選手なんすか…?」 「和真君ね、タメ口でいいよ。うん。中高とやってたよ」 この山川絢音という女のおかげで…こんなにも、狂うなんて。 一目見て、かわいいと思った子だった。 そう言えば、最近恋愛らしい恋愛はしていないな。 彼女がいたのは高校2年で今のところ最後だし、その卒業式手前は言い寄られたけど断った。 あんまり恋愛経験が豊富ではないのは自負している。 その時はまだ、あからさまな恋愛感情なんてものはなかったが、純粋に仲良くなりたいと思えたのは事実だ。 1週間たち、俺と、高校から同じ部活だった大槻悠真、あと山川さんももちろん入った。 小さな規模でやっている部活だったから、そんなにたくさん部員が入るとは思っていなかったが、それなりに多く一年生は全員で10人ほど入った。 俺と悠真は高校から引き続き中距離ブロック。 もう一人中距離ブロックで広瀬啓介が入った。 先輩を合わせても6人しかいないブロックだったから、みんな仲が良かった。 山川さんは、部の男子みんなから人気が良かった。 それを見て、いい気分にならなかったのは言うまでもない。 悠真と山川さんは特に仲が良かったが、彼が他学部の女子と仲が良く、間も無く付き合いそうな雰囲気を感じていたから、特別意識はしていなかった。 部活終わりは、いつも中距離ブロックの一年生3人で駅まで帰っていた。 入部して1ヶ月経ち、いつものように部活終わりに駅へ向かって3人で歩いていた。 「…悠真、あの子どうしたの、なんだっけ、坂本さんだっけ」 「あー…付き合ってって言われたからOKしたけど…いまいちモチベーション上がらないんだよね」 「…随分告白早くない?その坂本さんって人。俺は知らないけど」 「やっぱ早いよな。なんて言うか、彼氏作るのに必死な感じがしちゃってさ。申し訳ないけどすぐ別れると思う。遊んで楽しけりゃ続くかもしれないけどさ」 「結構奥手の悠真が丸められるなんてな」 「まぁ…大学生デビューってやつ…?」 悠真は、久しぶりに彼女が出来たものの、随分とテンションが低かった。 俺が知っている限り、彼に彼女が出来たのはは中学の最後以来じゃなかったか? 悠真は高校は3年間同じ女の子に惚れていた。 色々あってその恋は実らなかった。 中高、そして大学まで一緒だから、彼のいろいろなことを知っている。 しかも、特に仲が良かったから。 悠真は何かあると、俺に相談してくれた。 今の大学には2人とも指定校推薦で入って、一般の受験期間には2人でよく走っていた。 「今頃試験かぁ…大学入ってから俺大丈夫かな…」 「悠真は言ったって勉強してるでしょ」 「最低限は。置いてかれないようにはしないと」 「俺は全く…いい加減やらないと」 「さすがに留年は勘弁しろよ…ここまで一緒だったんだから、一緒に卒業しようや」 「…頑張るよ…」 同じ大学に受かって、絆がより深まったのは言うまでもない。 …少し最近になって、やっと悠真の顔は明るくなってきた。 あの時は…酷かった…。 可哀想だったよ…あまりにも。 悠真がずっと惚れていた、藤井かすみという女の子。 彼女は…不思議な魅力を持っている子だった。 俺も確かに…一年生で同じクラスになってから、少し魅かれていたのは嘘ではない。 悠真から彼女のことを相談されて、キッパリと諦めたのだが。 あの時、俺はどうして悠真を立たせたか、今ははっきりと説明できる。 当時は分からなかったけど、至極単純明快なことだった。 俺は、何においても、悠真より少しだけ劣っている。 その固定観念が、いつまでも俺の中にあるからだ。 陸上競技でも、いつもギリギリ勝てないでいた。 勉強も、校内の試験ではいつも2つ3つ上の順位。 バレンタインにもらった本気っぽいチョコの数もそう。 なんにおいても彼は俺のより上。 だから、俺は彼が狙う子に手を出したって敵わないと思ってしまった。 だから、傷付く前に、自分から逃げた。 弱かったんだ。 だが、それなりに自分の意思を持っているつもりはあったし、生半可に生きているつもりはない。 悠真にだけ…。 悠真にだけは、どうしても弱気になってしまうのだ…。 卒業寸前、俺は決して悠真に話すことの出来ない出来事に直面した。 そう、俺が卒業寸前に告られたというその子は、藤井さんだった。 思い出すなぁ…あの時の鳥肌と言ったら…。 「…和馬君…好きなの…わたし」 「…お、俺を…?」 「…そう。卒業して会えなくなる前に、伝えておきたかったの…」 時間が止まったように感じた。 口がうまく動かせない、と言うか、頭がうまく回らなかった。 「ダメ…かな」 「俺は…悠真をあんな目に合わせた張本人と、うまくやっていけるとは思わないよ…」 「…悠真君は関係のないことじゃ…」 「平気でそんなこと言えるなら余計無理かな…ごめんよ」 実際、悠真を狂わせたきっかけの彼女を、すでに好きではいれなくなっていた。 それに…悠真が実らなかった恋愛の対象が、俺とよろしくやってるなんて悠真が知ったら、なんて思うだろう。 俺は、女より、親友を取ったのだ。 悠真が坂本さんと付き合ったのを知ってから1ヶ月、授業の都合で啓介が部活を休んでいたため、その日の部活終わりは悠真と2人で帰っていた。 「…俺さ、別れたんだよ、坂本と」 「え、もう?」 「うん。やっぱり楽しくなかったんだよね。正直さ…」 「ん?」 珍しく、悠真が口籠っていた。 「その…絢音と話したりしてる方が、俺が楽しく感じたんだ…」 「山川さんが気になるってこと?」 「…分からない。でも彼女とふざけ合ってるのは楽しいのは間違いない」 「フリーになったんだし、遊び誘ってみたら?」 俺は、少し怖くなった。 この長い間一緒にいるうちに、やっぱり女の好みも似てきてしまったのか? 「遊び誘ってみたら?」 なぜ、俺はまた自分にとって不利益なことを悠真に勧めるのだろう。 でも、山川さんは何か俺に違うものを思わせた。 今まで悠真に対して抱かなかった感情が、はっきりと浮き出てきた。 …悠真に、負けたくない。 俺は、初めて悠真に、対抗心を燃やした。 理由は定かではない。 悠真が山川さんを遊びに誘ってから、たまにある休みは2人で出かけていた。 付き合うのも時間の問題だと、周りの雰囲気が、そう言っていた。 悠真がやっと報われる。 惚れた女を第一に考えて、自分さえ犠牲に出来る、悠真がやっと…。 結局また、俺の恋は実らないけど… 本気でそうなれば良いって、何度思ったかわからないよ。 だが、それを悔しく思う自分は、確かにそこにあった。 なんとなく、悠真と同じ女を好きになることはしてはいけないことと思っていた自分は、結局抜けきれなかった。 自分にとって不利益なことも言ったし、特別俺が山川さんに行動を起こすことはしなかった。 でも、今までと違う。 悔しかった。 山川さんが悠真と仲良くするのが。 俺は、しっかりと山川さんが好きだと言うことに気が付いていた。
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