願わなかった日

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願わなかった日

俺がそうだったように、山川さんに魅かれていた男はたくさんいた。 彼女がそれを無残に斬った数だけ、敵もいた。 大半は、食堂で変な噂を話したり、愚痴ったり、所詮その程度だった。 しかし、病的に惚れ、狂気に奔った阿保も数人いた。 別れた彼氏、外堀 英雄もその一人だった。 彼は、同じく狂気に陥った三谷 雄介らと手を組み、良からぬ計画を立てていた。 俺の予感は、願ってもいないのにあたってしまったのだ。 彼らは、部活終わりの山川さんをナイフを持って襲った。 それを、俺は悠真と見てしまった。 「……悠真っ!!助けてっ!!!」 「…ほぉら…お前の名前呼んだぞ」 「俺に何かあったら、カズ、頼んだ。絢音の方取り敢えず頼む」 「あいよぉ。さって、暴れまわってこいよ。前みたいに」 悠真は三谷が向けるナイフに屈することなく、近付いて行った。 俺は少し前のことを思い出していた。 「もしさ…山川さんが、藤井さんとおんなじ目に合ったら?」 高校の時、悠真は惚れた女が襲われているところを守るために自分を犠牲にした。 もし、山川さんが…同じ目にあったら…。 「…」 悠真は黙った。 「ま、何もないのが一番だよ。それに尽きる」 悠真は黙って頷いた。 「…反感買った男は多いと思うんだ。それがトチ狂って何かしでかしそうでさ…」 「…あり得るんじゃない?そのときお前がいるのかは知らないけどさ」 「…まぁ…絢音がその時俺の名前を呼ぶなら、助けるさ」 「それがさっきの答えか」 「きっとそうする。死ぬのが怖くないってのが存分に生かせる舞台って言ったら間違いではない」 そう…彼は自分の命を犠牲に出来る。 その覚悟がある。 …同じ男なのに。 俺と悠真はこうも違う。 愛の強さは、きっと同じくらいでありたい。 だが、そこにかけられるものが違った。 一度遊びに行ったけど…やっぱり俺には彼女を愛する権利はないのかもな…。 すきをついて俺は山川さんの手を引き、安全な場所まで連れて行った。 「怪我は?」 「私は大丈夫…でも悠真が…」 彼女の眼は、本当に心配そうで…敗北感に駆られた。 だが当たり前のことだ。 「アイツは大丈夫だよ…多分な」 「…悠真のこと殺す気…?彼ら」 「…じゃなきゃナイフなんて持ってこないだろうな…」 だが、悠真は決して屈しなかった。 「…死ぬことを何とも思ってねぇ奴には響かねぇ言葉だな」 悠真は連中の挑発に向かってそう吠えた。 「死ぬのが怖くないってこと?」 悠真の真の強さを、山川さんに語った。 「そう言うこと。アイツも色々あったからな…」 彼は、命を捨てる覚悟で、体に鈍く光る刃を浴びながらも、真っ黒な血を流しながらも、暴れる彼らに立ち向かっていった。 悠真は勝った。 襲い掛かった6名全員を、一人で討った。 悠真に駆け寄る山川さん。 抱きしめる悠真。 俺は何も出来なかった。 彼女のために、戦えなかった。 数日して…。 「んで、お二人さんは、これからどうすんのさ」 俺はまたしても自分にとって不利益なことを聞いた。 「どうするも何も…」 「私は守ってくれる人がそばにいてほしい…かな」 「…」 「おめでとさん。悠真がそうなれば良いとずっと思ってた」 それは心から出た言葉だった。 数日して、悠真は山川さんと付き合うことになった。 俺はここでも予感がした。 きっと二人は末永く幸せに、二人でいる。 最後はきっと永遠の愛を誓う。 そんな、予感がした。 それはつまり、きっと答えだ。 俺は、少し前、それはまさに山川さんと遊びに行ったくらいのころ。 悠真には隠すことしかできず、啓介に山川さんのことを話していた。 「好きなんだ。どう足掻いても、誰に言い寄られても変わらない」 「大槻のこと気にするのは違うと思うよ。男なら、行動してみろ」 行動…。 彼女を守る行動は、何もできなかったな…。 俺は、悠真と山川さんが一緒に帰った部活帰り、啓介を家に呼んだ。 「随分、自分に不利なことばっかりするんだね…」 「俺は昔からそうさ。悠真になんでも譲っちまうの」 「…悔しいか?」 「どうだろうな。ずっと悠真が幸せになればいいって、本気でそう思ってたよ。でもさ、昔…」 昔、悠真が惚れた女に、コクられたことがあったんだよ。 そのことを悠真に知られちゃいけないと思って、隠した。 その時にはもう色々あって好きじゃなかったんだけどさ。 断ったんだけどね。 なんでだろうな、あんなことがあったのに、山川さんは嫌いになれないんだよな。 離れられないんだよ。 その子のことがあったからかな。 山川さんは自分のところに来るんじゃないかなとか、そんな風に思ったこともあったよ。やっぱり。 「それ考えるとさ…やっぱ悔しいのかな」 「…でも、大槻が幸せ云々は、叶ったんだろ?」 「そう。うれしくもあるんだよ…はは…今頃熱いコトなってんのかなぁ」 「…考えんなよ」 「自分で選んだ道だけどさぁ…やっぱつれぇよ。でもアイツが幸せならそれでいい」 「どこまで大槻思いなんだよ」 「アイツの昔を知ってっからさ。いいんだよこれで。俺は次の道に…頑張って進むよ」 「…腹減ったよ。すき家行こう。奢るよ」 「…ありがとよ」 外に出ると、風が強く吹いていた。 まるで今までのそれを吹き飛ばすような、どこか寂しく、空しく…でもきれいな風だった。 悠真が、俺のそれに気づかないはずもなかった。 そんな予感はしていた。 誰かと一緒で察しがいいからな悠真は。 悠真に良かったのかよと聞かれ、全てを悟られていることを悟った。 「…絢音、幸せに…してやんだぞっ」 「…あぁ!」 悠真がいつも呼ぶ呼び方で、山川さんの名前を言った。 それは、少しでも強がりたい自分がそうさせたのかもしれない。 ただ単に感極まっての衝動的なことだったかもしれない。 だが、初めてまともに彼女の名前を言ったかもしれない。 彼女の名前も好きだった。 絢…きらびやか、美しい。 美しい音。 彼女の声は、そうだ確かに美しい。 ぴったりの名前だな。 絢音。 「さてと、俺もいい加減…なんかで幸せになろーっと」 誰が聞いていたわけでもない。 でも、俺は一人でつぶやいた。 仕事を始めて、特に生活が変わった感じはなかった。 毎日通うのが学校でなく職場になっただけだ。 上司の影響で始めたタバコに火を点け、悠真の真似をしたら思いのほかハマって買った自分の車を眺めながら、言うなれば楽しかった日々を思い出していた。 ん、よく考えたらそれなりに代わっているな。 今二人は何をしているのかな。 就職して数年経っても、悠真との関係が切れたわけではない。 もちろん会う頻度は減ったが、たまに休みを合わせては車で走りに行った。 「カズが車にはまるなんて」 「へへ。悠真の真似事かな」 「そうすれば絢音みたいな人が手に入るかなって?」 「そこまでは言ってねぇよ。独り身のうちにそういう車乗っておこうって思ってな。」 悠真は当時乗っていたスポーツカーを降りて、スポーティーだが5人しっかり乗れるSUV車に乗り換えていた。 「結婚の準備?」 「そうなのかはわからないけど、一応将来のこと考えて、早め買ったってのはそうかな」 「いいねぇ。いつ頃になるんだよ」 「まだわからないよ。そんなに先ではないとは思うけどさ」 「…みんなそういう時期かな」 「イイカンジの女は出来たか?」 「どうだろうな。今度飯行く人はいるけどさ」 「ほぉ。どんな人?」 「職場の同期。向こうから誘われたんだよ」 俺はこの時… 悠真と絢音の挙式に、出席することを考えてしまった。 俺は…絢音の、惚れた女の、違う人の花嫁姿を見て、耐えられるんだろうか…。 「悩むことがあるならすぐ言えよ。どうせ俺はフッ軽さ。呼べば行くよ」 そのことを察されたのかと思ったが、冷静になって俺の次の女のことを話しているのだと断定した。 「…大丈夫だよ」 咄嗟に答えたが、どこか心が揺れる感覚はあった。 だが、やや不自然に笑う俺を、悠真がしっかりと見ていたあの目は、何かを察していたような気も、確かにした。
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