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私の「その日」
大学でまともな男づきあいをしてこなかった私は、少し自分のそういう情けない面を考え直そうと、就職する前にそう硬く決心していた。
どうも、私に惚れる男は病的で狂気的。
高校の時もそうだった。
狂ったようにまとわりつく、今村君という人がいた。
私は放課後、白昼堂々その今村君に襲われ、これまた当時私に惚れいていたであろう大槻君に助けられた。
その時、大槻君は文字通り今村君をボコボコにし、今村君は最終的に学校に復帰することが出来なくなった。
その時私は、周りの雰囲気に乗じて大槻君を蔑んだ。
『感謝はしてるけど…あそこまでやることなかったでしょ。怖かったよ、大槻君…』
そう言って突っぱねてしまったことを後悔したのは、卒業寸前だ。
私は当時、中井君に恋をしていた。
だから、卒業する前に想いを伝えた。
大槻君と仲の良かった彼は、大槻君にひどいことを言った私を嫌っていた。
好きな人に真正面に言われたとき、当時の大槻君の気持ちを理解した。
私が、どれだけひどいことをしたのか…気づいてしまった。
途端申し訳なさが広がったが、大槻君に謝ることが出来ず、卒業して会わなくなってしまった。
大学に入ってから流れで出来た彼氏も、結局は病的に私に打ち込み、それが発展して私に暴力をふるったりした。
その時、大槻君という存在を思い出さなかったわけではない。
大槻君を思い出すと、同時に中井君も思い出す。
彼は今…どうしているかな。
噂は聞いていたんだ。
中井くん、最初は私のこと好きだったって。
なんでだろ。
彼だけなんだよなぁ。
最後は、自分から私から離れていったの。
大学では色々頑張ったから、それなりな企業に就職することが出来た。
新卒もそこそこな数入る、大手企業だった。
新人研修のあと、同期の親睦会が先輩によって開かれた。
そこで…
再会してしまったんだ。
「…藤井さん?」
「…中井、君?」
私が高校の時ずっと好きだった、中井君。
まさか…同じ会社に就職するなんて…。
「随分変わってるから…最初気付かなかったよ」
「ひ、久しぶり…」
お互いに、過去のことがあるから、どうもよそよそしくなってしまう。
だがまたこうして会えたのだから、あの時よりも仲良くなりたかった。
「…こ、こんな形で再会するなんてね…また、よろしくね」
勇気を出して、そう言った。
「う、うん…。あの…卒業式前の時、なんか、突っぱねちゃって、ごめん…」
「ううん…私が悪かったの…あの後痛感したよ…。大槻君にも、本当は謝りたいんだけど…タイミングなくて…」
「…彼は彼の幸せを見つけたんだよ。だから、もう大丈夫だと思う」
「…そう…。なら、良かった…」
私は、大学でちょっとした理由で携帯を変えてしまっていたから、中井君の連絡先はなくなっていた。
思い切って連絡先を交換して欲しいと伝えると、戸惑うことなくOKしてくれた。
中井君は…私のことを許してくれたのかな…。
『俺は…悠真をあんな目に合わせた張本人と、うまくやっていけるとは思わないよ…』
あの日、中井君が吐き捨てるように言った言葉が蘇ってくる。
そしてその時味わった、大槻君への罪悪感が押し寄せる。
私は…なんて馬鹿なことをしたんだろう。
馬鹿なせいで大切な人から嫌われて、馬鹿なせいで初めて恩に気づいた。
でも…またこうして、かつての想い人と近付けた。
今度は、誰も傷つけず…真剣に恋愛が出来るかな…。
神様がいるかいないかは分からないが、もしいたとしたら、その神様が私にくれたチャンスかもしれない。
だから、大切にしようと思った。
就職して一か月が経ち、仕事にもある程度慣れてきた頃、私は勇気を出して中井君をご飯に誘った。
軽く誘いに乗ってくれて、日程合わせまですぐ決まった。
同じ仕事だからこそ、休みを合わせるということがいらなかった分、早く決まったというのもあるだろう。
私は会社から少し離れた、おしゃれなカフェを初デートの場所として選んだ。
だいぶ、異性と二人きりで遊ぶなんて久しぶりだった。
それがずっと惚れていた人だから、なおさら心が躍っていたのは否めない。
「ごめんね、せっかくの休み」
「いいよ。どうせやることないしさ」
デート当日、私は出来る限りのおしゃれをして待ち合わせ場所の駅へ向かった。
大学に入ったときに開けて以来、あまりつけることのなかったピアス。
随分放置していたから、とうに塞がっていたと思われた穴は、まだかろうじて開いていた。
「ピアス開いてたんだ」
「大学入って開けたんだよね。あんまりつけなかったけど」
「俺もなんか血迷って三つくらい開いてるんだよね。三つなんてもう滅多につけないけどさ」
中井君の左耳にはブラックダイヤモンドのピアスが光っていた。
「大学、大槻君と同じだったんだっけ」
「あーそうだよ。腐れ縁さ、あいつとも」
「まだ会ったりするの?」
「頻度は減ったけど、今は月一くらいでは会ってるよ」
「本当に仲良いんだね」
「そうなのかな。単に付き合い長いだけだと思ってたけど、まぁこうやって強制的に会う環境から離れてもわざわざ会ってるの考えたら、そうなのかもな」
大槻君の話題になっても、中井君は特に厭わしそうにすることもなく、ややヘラヘラしながら話してくれた。
ランチに選んだ店の店内は、ゆったりとしたジャズが流れている。
やや緊張気味だった私は、そのジャズをなんとなく聴きながら、それを知られないように振る舞っていた。
「こういうお店にはよく行くの?」
中井君が注文したアイスコーヒーを一口飲んでから聞いた。
「1人では来ないかな…友達とかとたまに来るくらい」
「なんかイメージでは休日もこんな所来てマック叩いてるってのがある」
「私?」
「そう。真面目そうじゃん、なんか」
中井君に「真面目そう」と言われて、嬉しくない訳はなかった。
ほんの少しだけ、からかってみようかなと、思いついた。
「本当に真面目だと思う?」
「少なくとも、仕事においてはそうなんだろうなって」
「プライベートは真面目じゃないかもしれないね?」
「普段何してるの、休みの時」
「なんだろう…散歩して疲れたら家でゲームして…たまに駅前で買い物したり…」
「めっちゃ大学生感。不純さもクソも無い」
「まだ抜けてないのかも」
お互い肩の力が抜け始めているのを感じた。
「中井君は何してるの?」
「車いじったり車乗ってどっか行っちゃうな。休みは」
「車好きだったんだ」
「割と最近からだけどね。運転は前から好きだったけど」
「じゃあ…今度どこか連れてって」
思い切って、聞いてしまった。
「…あぁ、うん、いいよ」
やや間を置いて、中居くんがうなずいた。
私が、中居くんの目の奥にある、どこか懐かしげで、哀愁漂う何かに、気が付かないはずがなかった。
それがどう言うものなのか、私は数年前知っていた。
少し…心がざわついた。
ある意味弱みにつけ込むことになるかもしれない。
でも、私がこれからしようとしているそれがもし、一瞬でも、彼にとって見た目だけの偽りだと思われたとしても、彼の気を紛らわせることすら出来たら…私はそれに全力を尽くす。
代用品でもいい。
彼の横にいるのが私で、その時彼が少しでも笑ってくれるなら、私はそれで満足だった。
中井君の大学での姿は一切知らなかった。
だから、そこでどんな人と出会い、どんな生活を送っていたのかなんて、全く知る由もなかった。
唯一ヒントとなり得る人物の、大槻君には、とても話しかけられる立場ではなかった。
でも、少なくとも、中井君に何かがあったのは、彼のその目蓋の奥にある悲しげな瞳が語っていた。
カフェを出ると、風が強く吹いていた。
私の髪がなびく。
前の彼氏と別れてから、そう言えばずっと伸ばし続けていた。
中井君は長い方が好きなのかな。
だったらこのまんまで全然良いけど…。
そんなことを考えていたら、いつの間にか別れる駅に着いていた。
「それじゃあ…この辺で」
「あ…楽しかったよ。また、遊ぼうね」
「う、うん」
私はその後もアピールを続け、また車で遊びに行く約束をした。
大丈夫…。
きっと叶うさ。
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