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「喜べ、ソンア! 書類審査、通ったぞ!」
帰宅した父の叫びに、ちょうど自宅庭先で洗濯物を取り込んでいた少女が、弾かれたように振り返った。
年の頃は、十代半ば。整ってはいるが、さして際立ったところの見えない造作の中で、意志の強そうな、凛とした黒い瞳が印象的だ。
ソンアと呼ばれたその少女は、父に向けた目を訝しげに細めた。
「何の書類審査よ。まさかまた借金でもしたの?」
呆れたように言ったソンアは、竿から下ろした洗濯物を籠に纏めて縁側へ運びながら問う。
決して裕福ではない生活を示すように、その年頃の少女が身に着けるには若干くたびれた感のあるチマ〔くるぶしまで長さのあるスカート〕が、彼女の動きに従って翻る様は、あたかも花弁が舞う如くだ。
頭頂部に結い上げられた漆黒の髪も、馬の尻尾のように、元気に跳ねる。
「こないだ姉様が借金の形に囲われ者になったばっかじゃない。勘弁してよね、今度はあたしをどこかへ売り飛ばす気?」
「そんな、人聞きの悪い」
父は猫撫で声で言うと、手にしていた文のようなものを開いた。
「そんなことじゃない、もっとずっといいことだ。ほら見ろ、ソンア。お前は王妃様になるんだ」
「はあ?」
ソンアは、父の手にある書状を碌に見もせず、今度は形のよい眉の根本を思い切り寄せた。
「何バカなこと言ってんのよ。ウチみたいな貧乏でしかも父様が蔭補で出仕してるよーな没落両班〔貴族階級〕の家から王妃が出るわけないじゃない」
蔭補というのは、官職採用試験である科挙を経ずに、いわゆる縁故関係で職に就くことを指す。要するに、本人の実力ではない。
「第一、書類なんか出してないでしょ。あたしが揀擇なんか死んでも出ないって言ったから」
揀擇、というのは王族の伴侶選びのことだ。
今回は、先の王妃が昨年の三月に亡くなったので、新王妃選びのそれである。
一度揀擇令が出されると、その期間中、国中の適齢期の女性は皆婚姻を禁じられる。そして、然るべき家の女子は王の新しい正妃候補として処女単子〔履歴書〕を提出しなくてはならない。
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