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言い包められただけだった、とナクチョンを恨んだところでどうにもならない。
どこかで下手を打って、審査中、猫をかぶってしまったところがあったのかも知れない。
とにかく、コトがこう決まった以上、ソンアがジタバタすれば、家族が巻き添えになるのだ。
(そりゃ、クソ親父やあの女ははっきり言ってどうなったって知ったことじゃないけど)
兄たちや姉、まだ幼い弟たちに類が及ぶのは、さすがに避けたい。あのまま家出を敢行していればまだ、あの父が我が身可愛さからでもどうにかしたかも知れないが、今これから逃亡を決め込むのは、まずいなんてものじゃ済まないのはソンアにも分かっている。
自分が我慢すれば丸く収まる、なんて自己犠牲めいたことを言う日が来るなんて思ってもみなかった。
(……でも、それにしたって結婚よ? 一生涯の伴侶よ!? いくら国王殿下だって顔も見たことない、どんな人間とも分からない男と一緒になれなんてやっぱり横暴だと思うんだけど!!)
一人になった今、沸々と怒りがこみ上げてくるが、目の前にはこれから王とつつく為の夜食の膳があるきりだ。それをひっくり返したい衝動に駆られるけれど、実行しないほうが無難だろうことも分かる。
はあ、と溜息を吐いた直後。
「殿下のおなりでございます」
と外から尚宮〔女官の最高位〕の声が掛かる。
もう一つ溜息を吐いて、ソンアは深々と頭を下げた。
やがて人の気配がして、下げた視界に、恐らく王のものであろう足が上座へ歩むのが見える。
「……面を上げよ」
「はい、殿下」
平伏していたソンアは、上体を上げる。だが、目は伏せたままだ。
本来、国王とは目線を合わせるのも礼を欠く。
すると、王は膝行するようにソンアに近寄り、細長く綺麗な指を、ソンアの顎先に掛けた。払い除けるのも王に対しては失礼かと、されるままに顔を上向ければ、自然相手の顔が目に入る。
瞬時、ソンアは瞠目した。
「……ッ、あ」
あんた、と言いそうになって、危うく呑み込む。
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