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国王の証である龍補の縫い取りの施された赤い常服を身に纏っているのは、見知った顔だった。
普段、無造作にうなじの上で纏められている漆黒の髪は、今はきちんと髷に結い上げられ、高価そうな簪が挿してある。
けれど、見間違いようがない。相手は、国随一と言っていい美貌の持ち主――ユン・ナクチョンだ。
ここまで気付かなかったのは、式の間は王も婚儀の正装をしていて、冠から下がっている飾りで顔がよく見えなかったからだ。加えてソンアのほうも、大首というずっしりと重たい鬘を付けていた為、無闇に首を動かせなかった。
「……あ、の」
「うん?」
「失礼ですが、殿下には、その……双子のご兄弟がおいでで?」
試しに訊いてみたら、王は小さく吹き出した。
「双子なんていねぇよ。きょうだいはそれなりに多いけど」
美貌と落差のあり過ぎるこの口調――いよいよナクチョンに間違いない。
「何でっ……何で国王殿下が場末の商団に出入りしてるわけ!?」
「ちょっと声落とせよ。その辺に女官も内官〔宦官〕もいるんだから」
改めてソンアの傍に腰を落としたナクチョン――基、王に言われて、ソンアは不承不承口を閉じる。だが、その唇は不機嫌に尖ったままだ。
「わざわざ偽名で街彷徨いて、本っ当ゴクローサマね」
潜めた声で言うと、王は苦笑した。
「まったくの偽名でもねぇよ。ナクチョンは字だし、姓は母方のモンだ」
字とは、目下の者が貴人を呼ぶ際に使われる名だ。
「あっそ。それで? 何であたしを選んだのよ」
「お前が独身主義だって知ってたはずなのに、か?」
反問されて、唇を噛み締める。そうしていないと、思い付く限りの罵倒を浴びせてしまいそうだった。
ソンアの沈黙をどう取ったのか、王はまた小さく笑う。
「お前にほかに想う相手がいたら、初揀擇でとっとと落とすつもりだったし、そのあと仮にこっそりそいつと結婚しても目ぇ瞑るつもりだったけど」
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