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「真夜中さん」
帰りのHRが終わり、靴を履き替えている彼女に声をかけた。彼女が顔を上げると、石鹸の良い香りがフワッと辺りを漂う。彼女は「どうしたの遊馬くん」と柔らかく微笑んだ。
「企画の件、何で参加しないの?」
「あれ、でも遊馬くんも参加しないよね?」
「いや、真夜中さんなら喜んで参加しそうなのに。単純に動機が気になったんだ」
「何だ、そんなことかぁ」
彼女の拍子抜けた声が聞こえて、俺は目を丸くする。彼女は俺の瞳を真っ直ぐ見据えた。
「私の父さん、最近亡くなったんだけど、何で亡くなったか知らないでしょ」
光が灯らない瞳から目が話せない。
「スキルス性の胃ガンで、君達が平凡に過ごしている間に、あっという間に亡くなったの」
暗黒の瞳から小さな滴が溢れそうになる。
「10年後に私が生きている保証も、君達が生きている保証も無いでしょう?」
自分に語りかけるように、震える声を抑えながら彼女は呟いた。張り詰めた滴を堪えるように、彼女は玄関を飛び出した。
俺はハンマーで殴られたような衝撃に戸惑いながらも、彼女の後ろ姿を無言で見つめることしか出来なかった。
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