Mother nature,s sun

1/1
前へ
/1ページ
次へ

Mother nature,s sun

 一つ、大きな太陽が、輝いている。どこまでも広がる青空には、ところどころに雲が浮かび、たなびく。そして、まるで緑色の海のような草原には、風がそよぎ、たまに弦を紡ぐ音と共に、元気な子供の笑い声の後を、しばらくして重厚な男の声が続いて笑い合っていた。共に布地と毛皮を編み合わせ、宝玉すらも散りばめられた、地球で言うならば、モンゴル、または西アジアにでもかつていたような騎馬民族、遊牧民族のような衣服を着て、座り、二人は歓談を楽しんでいるようだ。だが、男の尻からは鱗を帯びた尾っぽが生えていたし、二人共に顔の両側からは、角すら生え出ている。ロシア地方のシャープカでもあるような帽子をかぶった子供の目は、その肌色を表すかのように黒々としていたが、大きな体躯をした、すぐ隣に、愛用の巨大な斧すら手物に置いている者の眼は、昼間でも煌々とした輝きを保つ、そんな両者の違いはあるが、この者たちの異形な特徴で解る通り、此処は、地球よりも遥か彼方にある惑星で、ましてや、遠い、遠い、ずっと未来の出来事だ。  未だ、拙いながらも、「神と繋がれし者」に憧れを抱く子供は、膝にある、アコースティックギターと良く似た自分たちの民族楽器の琴を鳴らしてみせては、 「……でさー! この前もぶったおしてやったんだー! 別に、かか様のこどもだからって、わけじゃないよ! 今じゃ、一族の子は、みーんな、オレにびびってなんにも言わなくなっちゃったー!」  なぞと、愉快気にわらうではないか。屈託のないその声と、そして、いたずらっぽく、自慢げに笑みを大男に浮かべる顔は、本人のわんぱくぶりを見事に表していた。 「ほう……それでこそ、男だ」  答える大男は、そうしてから誉めるように、その頭を帽子ごと、乱暴に撫でてやったりもしたが、 「……だがな。カムイよ。強さとは力だけではない。弱いものにどれだけ優しくあるか、それこそが本当の男の強さだ」  とも付け加えてみせる。そこには、歳をくい、少し、表情に丸みもにじみでてきたマグナイの姿であった。ただ、カムイと呼ばれた、まだまだ、小さな少年でしかない心には何一つ、響くことは難しかった様子である。「あはははは!」と心底、冗談とでも思った笑い声が、またもや、風の中に響けば、 「力自慢のオロニルのくせにー! へんてこなこと言ってらー!」  と、無邪気でしかない有様だ。  まだ、早かったかと、口の端を笑むままに、マグナイが、眺めるままにしていると、やがて少年は、ふと、刃の海とも言われるこの草原の、それこそ果てにある、これまたどこまでもひろがる海まで見つめるているかのような表情となり、 「……なぁ、マグナイのじっちゃん。オレたちはなんで、部族ごとに暮らしてるんだ?」  などと、問いかけてくるではないか。子供の質問というのは、たまに、大人が見失いがちな本質を見抜いてくるのは、どの星でも同じようだ。  あまりに当たり前と思っていた事に、マグナイは、暫く、答えに窮していたのだが、漸く出たのは、 「……それが、草原の民、というものだからだ」  という、一言のみだった。  そして答えになっていないことに子供の方が食いさがる光景も、どこでも変わらない。今度、カムイは、マグナイを見上げると、 「けどさ! こっんな、広い草原なのにさ! そん中で、みんなばーらばら、ちっさくぐるぐる回ってさ、大人の男たちだって女たちだってよく喧嘩してるじゃないかい!……オレは、そんなの、なんか変だと思う!」 (…………)  カムイの瞳は、真っ直ぐに、少し老いたマグナイを見つめている。切れ長のその黒い瞳に、かつての戦友の影も重ね合わせながら、 「……カムイ、お前は何を考えている?」  と、今度は、マグナイの方から訪ねてしまうのであった。 「……喧嘩をなくすのさ!」  自慢げな答えは、それと共に、ジャラーンと琴を鳴らし、独特なフォームで押さえられた弦の和音は空に響く。 「どうやって?」  重ねて聞けば、 「だからね! んとね~! みーんな、みんな、ひとまとめになればいいと思うんだ! 部族なんてなくして、ひとまとめになってさ! で、そいつらをぜんぶ、すごーい強い大長? みたいな人が、ひとまとめにまとめればいいんだよ!」 「ほぅ……」  子供の発明に頷きながら、いわば、一枚岩になっていなかった故に、空から来た異民族に敗れたかつての苦い思い出が、マグナイの心の中によぎった。未だ、生き証人も数多くいるが、後から生まれてきた子らにとっては、この青空が夜となった時、瞬く一面の星々の合間で、自分の父、母、祖父、祖母が、天駆ける船に乗って戦ったなどと聞かされても、おとぎ話にしか聞こえない時代となった。そして、どの部族の子も、自分たちの悠久の暮らしに何の疑問も持つ事はない。角は持てども、尻尾はない少年の姿に、改めて、つい、 (血、か……)  とも、よぎらせるマグナイであったが、あの日のように、地球人憎し、などという怨念も、とっくに消え去って久しかった。 「……そしたら、かかさまのぐあいも……」  気づけば、先程まで、あれだけ明朗だったカムイは、そう、呟き、悲しげに俯いているではないか。マグナイは顔を険しくした。 「カムイ……かか殿の具合、よくないのか?」 「……うん。あの時も、おっきな風だったろ? 祈祷師たちはずっと祈ってるけど……ノルヴ族の奴らって、薬の調合、うまいんだろ? あいつらの狩場まで駆っていきたいよ……モルはいつも祈ってばっかだ」 「…………」  この果てしない草原しかない、自然豊かな星は、穏やかそうでいて、実のところは厳しい。銀河系一の戦闘民族は、この星の古来からの環境が作り上げたと言っていいかもしれない。悲しげな少年は尚も続けた。 「……この前、大人たちが話してるの聞いたんだ。『あの合いの子の、不吉の神子のせいだ』って」 (…………!)  これは、聞き捨てならぬと、顔色を変えたマグナイは、手元にあった斧を手にすると、ガーンと地面に打ちつけた。音に驚いたカムイがこちらを見れば、更に、厳しく、睨みをきかし、 「カムイよ。それは吹いた風の悪さとお前自身がわかっているのだろ? そんな情けない事に惑わされ、草原にうなだれるなど、男として、余輩が許さん」  と、言い切った後に、ヌッと立ち上がれば、今度は、ブンブンと、得物を振り回し、 「……どれ、ちょっともんでやろう」  なぞと、凄みすら効かし睨みつけてやった。  最初こそ、驚き、見上げるだけのカムイであったが、すぐに見る見る顔を上気していくと、 「なんだとー! こんにゃろう! 喧嘩かよー! やったろうじゃねーかよー!」  それまで膝に置いていた琴を離すと、立ち上がり、腰元の鞘から剣を抜けば、負けじと睨み返してくるではないか。マグナイは彼の父を知っている。臆病者でもあった父親なら、今頃、目すら泳がしそうだが、カムイの目はどこまでも物怖じせず、勇壮だ。 (流石はモルの子、といったところか。若しくは……)  睨み合いながらも、遥か彼方にいる友の事を思い出せば、マグナイの口の端には笑みもでるというものだ。  今や、両者は、互いの得物を相手に向けて構えているところであった。カムイの手には、部族の者に作らしたという特注の両手持ちの剣がある。誰に教わったわけでもなく成ったという、背筋の伸ばした構えも、かつて、共に戦った、丁髷をはためかせた戦友の星の故郷の、東の果ての島が源流らしいという剣技をも彷彿とさせるのだから不思議だ。自らは前傾に腰を落しながら、 (……だが、できる)  相対するだけで伝わるものがある。既に子にして、度々の戦場でも活躍してきた経験値は、かつての父のそれと同じく、積み重なるうちに気迫を増していっている。寧ろ、この星で暮らす以上、これからも何度も戦を経験するのであろうから、戦人としての将来は、親よりも有望かもしれない。 (……まぁ、あやつの部族と比べるのも、だがな……)  そもそもの星が違うのだ。それも野暮と思ったところで、 「……やはり、斧は合わぬか」  一般にハイデリヤ人の男の持つ武器は斧が多かった。サーベルを両手に持つ二刀流などはいるにはいるが、わざわざ柄も長くして、両手で手にする構えの剣技など、今の草原でカムイくらいだろう。 「うん。なーんとなーくねー。あとは、やっーぱ、この構えだよー」 (………………)  戦いを前に、心を踊らせているのも解るが、なんとまぁ、どこか間延びした口調であろうか。それにすら、彼方にいるはずの友の影を見れば、思わずマグナイは苦笑せざるを得ない  ハイデリヤの言葉は、そもそもの発音が難しく、それぞれの部族の方言も多岐に渡っていた。星に戻ってから、各自の部族は、再び元の言葉で話すむきもあったのだが、言わば、「共通語」として地球語は非常に便利であったのだ。いつしか、部族それぞれの民族独自の単語、言い回しなどは残ったものの、言葉は、言わば、地球語(日本語)化した時代となっていた。 (……いづれ、鎖国が解かれる日も来るかもしれぬしな……)  遊牧と、狩りと戦と、「神に繋がれし者」の音と歌に酔う以外、あまり頓着しないのが、ハイデリヤの人々である。言葉の変化くらいで嘆息する者など誰もいなかった。そして、さほど訛りには差異はない、モル族とオロニル族ではあったのだが、 「来い…………!」  と、マグナイが喝を入れると、 「よいやっさ!!」  と、カムイは応じ、立ち向かってきたのだ。  DON………………!!  際に、気迫に満ちた黒い眼は、地、蹴り上げ、怒涛の勢いで、マグナイに差し迫る! (早い…………!)  立ち向かうように、大男が斧を振り上げれば、少年はその場で見事にかわし、間合いに入ればその切っ先は、とっくにマグナイの顔面に差し迫る! だが、酋長も見事にかわせば、今度は、直近にいる相手を、柄の部分で思いっきり殴りつけてもやったのだが!  ザ―――――――ッ……! ヒュン……!  吹っ飛び、野原に派手に転びながらも、すぐさまに少年は起き上がり、まったくもろともしない顔のままに斬りかかってくるではないか! (…………強い!)  無論、百戦錬磨であり、力自慢のオロニル族の酋長である。少年が繰り出す、どんな技をも的確にかわし、時に打ち返してやるのだが、猛烈な太刀筋は立派な少年兵そのものだし、何はともあれ、どんなに殴りつけても、全く動じずに再び起き上がってくる打たれ強さに、 (うむ……! 半分が、あの貧弱な民族の血と思えん……。むしろ、極まった! か……!)  マグナイは感心していた。今やモル族の子らを全て従えていると嘯いていたが、これだけの実力であれば、オロニルの子供たちですら、太刀打ちできる者など皆無であろう。刹那、カムイは、何やら古代のハイデリヤ語を呟いた!  BUWOOOOOOOOOO!  途端に、その手にした剣の刀身は炎に包まれ、差し迫ってくるではないか! (……しかし、まっすぐな攻撃だ……母ゆずりだな)  マグナイは、魔法をも組み合わせてきた技を前に、思わずニヤリとし、第一次宇宙大戦で、星々を駆け抜けた日々の事を思い出していた。母から、モル族秘伝の技も受け継いでいる成長が嬉しい。すると、今度は、 「止っまれえええい!」  と、離した手を片方、空にし、突き出してくるのだ! 「むっ?!」  思わず、いつしかのように、身動きが全く取れなくなり、 「……っしゃー!」  少年は、とどめとばかりに、剣を両手に持ち直すと、寸止めで終わらそうとしてきたが、 「うおおおおおおおおおおおおお!」  今度ばかりは年の功の気合で、マグナイはそれを吹き飛ばすと、ガツ――――――ン! と斧を振り回し、それは見事にカムイを捉えれば、はるか彼方に吹っ飛ばすのであった。  大人気なく、しまいには少しムキにもなってしまったが、息ひとつあがっていないマグナイに対して、とうとう、つきはてた子供のカムイは、息も荒く、仰向けに青空を仰いではいたにしろ、その顔は、汗まみれのままに笑顔に満ちていて、 (……草原に、新しい風が吹くぞ……!)  顔にこそださないが、この時のマグナイもまた、カムイの有望な将来に、年甲斐もなく心すら躍らせる気分であったのだ。そのはずだった。  稽古後、二人はもとあったように、共に草の上に座っていた。そして、師としても、マグナイが言ったことと言えば、 「カムイよ……あまりかか殿を心配させるな」  で、あり、見事に晴れやかな顔つきに戻っていたカムイと言えば、 「わかった! じっちゃん、ありがとね! なーんか、体、動かしたらすっきりしたよ! 草原の主の男らしく、胸、はらんとね!」  と、いう元気な返事であったのだ。マグナイが力強く頷いていると、今度は少年は青空を見る。そこには、一定の時間となると空を飛ぶ、地球ならあり得ないほど巨大な鳥たちの群れが彼方にあり、 「あー。もう、コンドルがあんなに飛ぶ時間だ……! オレ、そろそろ、帰らないと……!」  そう呟くと、立ち上がり、近場で気ままに草を食む、ヤックルという種で呼ばれる、この地方一帯の者なら誰しもが親しみある、角の生えた自らの馬に向けて、口笛を吹く。 「また、なにかあったら、来い。そのための草原の隣人だ」 「はーい。ありがとー! またねー。じっちゃーん」  マグナイが一通りを見送ると、今や、カムイは、ゆっくりと歩かせはじめた馬の上で、振り向いて手を振った後、琴をかき鳴らせば、歌い散らかし、去っていくところであった。モル族と、母の待つ地へと帰っていく少年の姿を見つめながら、 (血、だな……)  と、もう一度、マグナイは思った。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加