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目が覚めた。
俺は玄関にうつ伏せで倒れていた。イテテ。あれ? 寝床で寝てたんじゃなかったっけ?
プン、と漂う酒の匂いで気が付いた。そうか、飲んできた帰りだ。
どうやら、べろべろに酔っぱらった挙句、玄関で倒れて寝てしまったらしい。帰宅してるだけマシか……。
腕と胸がやっぱり痛いぞ? まだ夢の中か?
自分の周辺を見回してみて、その理由に合点が行った。
上り口の段差が、丁度腕と胸に食い込んでいる。
「こりゃ痛いわけだ……」
体を起こそうとして、俺は思わずぎょっとした。
手にすっぽりと嵌ったワークブーツを見てしまったからだ。
右手に右足のブーツ。
左手には左足のブーツ。
もちろん足元は靴下状態。
「うわわっ!!」
思わず腕を振り回すとワークブーツはたやすく手から外れてその場に転がった。
喋る様子も無ければ、女の子に化ける様子もない。
玄関に転がるワークブーツを見て、左子の言葉が脳裏によぎった。
どれだけの屈辱に曝されるか……。彼女の言葉に玄関のに置いたスニーカーと安全靴を見ると、その二つは確かに綺麗に並んでいる。その真ん中でワークブーツを転がったままにしておくことが、とても惨い事のように思えて仕方なかった。
まだ酒が残っているのかもしれないが、そのままにしておくことはできなかった。
「ご……ごめんよ」
俺はワークブーツをきちんと揃えて玄関に置き直した。
玄関に座り、しばらくワークブーツを見つめていた。
まさか自分のワークブーツの左右に愛を取り合いされる身になろうとは。現実の女の子相手ではそんな事になった事もないのに。余程愛してくれているんだ、と思った途端ワークブーツ達が愛おしく思えてきた。「左子、右子、ごめんな。誤解されるような事して」
気が付くと、俺はワークブーツに語り掛けていた。
「俺が何の気なしにしてたことが、君達を深く傷つけてしまったなんて。本当に申し訳ないよ。でも分かって欲しい。俺は君達二人ともを同じように愛しているんだ。だってそうだろ? 君達は靴だ。二人で一足の靴なんだよ。二人ともが俺には必要な存在なんだ。だから、俺を取り合って喧嘩なんかしなくていいんだ。仲良くしてよ。また、三人で出かけよう。これからは手入れの時間もきちんと計るし、悪路に踏み込むときには両足で飛び込むことにする。これからも仲良くしてよ。君達の助けなしじゃ、俺はデートにも行けやしないんだから……」
言い終えて、俺は下駄箱から手入れ道具を取り出した。日が昇るまで時間がある。ゆっくりと手入れしよう。愛をこめて。
どこからともなく、二人分のありがとうって声が聞こえたような気がした。
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