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序章
二十畳ほどのその部屋には、甘く、物憂げな匂いが立ち込めていた。
身体の中にまで侵食してきて、人の意識を眠りか、それよりも深いところへと引きずり込みそうな、絡みつくような重い匂いだ。
八夜は恨めし気に、部屋の四隅に置いてある香炉を見た。くすんだ銅製の香炉にあしらわれている、胴の長い生物は龍らしいが、八夜には人の指が鱗のように絡みついた、気味の悪い蛇にしか見えない。香炉を今ここでひとつ残らず蹴り倒したら、同業者たちはどんな顔をするだろう。
濃い芳香を含んだ煙が彼の鼻孔に入り、思わず鼻を押さえそうになった。彼はこの場に何度も立ち会ってきたが、そのたびに、この匂いが頭の中に浸み込んでくるのを必死にこらえようとしてきた。呑み込まれるな。呑み込まれれば、きっとこの部屋を出、地上に戻ってからも、匂いが身体中に、頭の中にこびりつく。この場にいる、彼の同業者たちのように。
天井近くに並んでいる細長い天窓が、地上からの光を送り込んでくる。光がちょうど差すところに、檜作りの寝台があった。寝台自体は白い布で覆われているものの、その上に寝かされている身体は、まったく剥き出しのままだった。
八夜を含めて七人の人間が、寝台を囲んで立っていた。ある者はどこか退屈そうに、ある者は寝台の上のものに熱心な目を注ぎながら、ただこの儀式のためだけに集まっている。
最初に声をあげたのは、同業者の中でも最年長の老人だった。
「右腕は大谷が貰う」
聞き取りづらい声が、地下室の壁に、天井に跳ね返って、一同の耳朶に絡みついた。
老人は反響が消え去るのを待ち、傍らの台から筆を手に取った。筆先に含ませた薄墨で、死体の肩から脇にかけて線を引く。筆が大谷の震える手から、次の者に渡される。筆が手から手へ渡されるとともに、寝台の周りに集った者たちは、順繰りに自分の「取り分」を主張し始めた。
「頭は小邨が貰う」
「右足は駒津が」
「斯波は腹を貰っていいか」
「左足は藤代が」
「胸は宮居が貰おう」
六人の分け合いが終わった後で、一同は首をめぐらせ、八夜の方を見た。彼はいちばん若く、家柄も低い。選択の自由はなかった。
「では」八夜は筆を手に取った。「左腕は八夜がいただく」
八夜が持つ筆の先から、薄墨が垂れ、灰色の雫が死体の腋へと伝っていった。
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