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蓬は礼を言うと、売店でお茶を二本と菓子を少し、それから念のためにブロックタイプの栄養食を買った。行ったこともない田舎の町で何が手に入り、何が置いていないのか、蓬にはさっぱり想像がつかなかった。売店には他にも中年の男性がひとりいたが、買う気はないらしく、ただなんとなく眺めているといったふうだ。
さほど広くない待合室の外には、八月半ばの日差しが眩しいほどに降り注いでいた。コンクリートに溜められた熱気さえ伝わってくる。バスの出発にはまだ間があった。いくらバス停に屋根があるといっても、わざわざ暑い思いをすることはないだろう。
蓬は待合室のベンチに座り、ラックに並べられている近辺の観光地の案内図やパンフレットをなんとはなしに眺めた。察しはついてはいたが、七躯町の地図は見当たらない。スマートフォンを取り出し、七躯町の地図を検索する。さっき駅員が言っていた地名、入母屋の辺りにすら、いくら拡大しても宿の情報は見当たらない。小学校、集会所、消防署の出張所や農業組合の支所、国道から山間に入ったところには神社がひとつ。幸い、個人経営らしい商店がいくつかあったが、自動車道からはかなり離れている。さらにスワイプし、殻出という地名を探す。あるのはただ、ひどく曲がりくねった山道だけだった。駅員の言っていたことはやはり本当のようだ。
ひとつ思い付いて、駅務室の方へと戻る。
「七躯町では電波は通じますか」
座りこんで汗を絶えず拭いていた駅員は、のろりと首を蓬の方へ動かした。
「さぁねぇ、いくらなんでも通じるとは思うけど、最近は行ったことがないから」駅の外を見やり、「ほらあれだ、来たよ、バスだ。早く乗らないと、次は明日だよ」
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