141人が本棚に入れています
本棚に追加
バスはいつの間にか町を通り過ぎ、狭い自動車道に入っていた。両脇にはビニールハウスや畑が並び、白い塀で囲まれた大きな家が点々と見える。そのはるか向こうは杉林と、くすんだ色をした山々だけだ。一度だけ、直売所の古びた看板が目に入ったが、地元のひとは車でここまで来るのだろうか。
竹藪と広い空き地の向こう側に、ちらりと、一階建ての校舎のようなものが目に入った。あれがスマートフォンの地図で見た小学校だろうか。蓬の実家の近くにある小学校では、今の時期だとプールが開放されていて、昼間はずいぶん騒がしいものなのだが。
ぼんやり小学校の方を見ていた蓬の目に、小学生らしいふたりの女の子が道路の脇を歩いていくのが映った。ほとんど同じ背丈で、肩をくっつけるようにして歩いている。プールからの帰りなのだろうか。この辺りだと、学校から家までは、ずいぶん遠いかもしれない。
バスがその女の子たちを通り過ぎる直前、蓬は思わず窓枠に手をかけようとした。だが通路側に座っていたので、キャリーケースに音をたてて手をついただけだった。
蓬はキャリーケースを乗り越えるようにして、上半身をひねり、歩いていた小学生の二人組を見ようとした。バスはとうにふたりから遠ざかり、顔はおろか体全体もよく見えない。バスが石かなにかに乗り上げたらしく、軽く揺れた。蓬はまだ窓から目を離さないまま、ゆっくりと自分の席に戻った。
見間違いかもしれない。恐らくそうだろう、と蓬は考えた。あのふたりが、あまりにくっついて歩いているから。とても仲がいい、もしかしたら姉妹なのかもしれない。片方がもう片方の腰に、手を回していたのも、蓬の目の錯覚の原因なのかもしれない。
あのふたりは腰がくっついていたように見えた。
足もふたりで三本しかなかったようだった。
立ち上がりかけたときに日記を落としてしまっていた。蓬はあわてて座席の下から日記を拾い上げ、またショルダーバッグに戻した。
妙な動悸が続いていたが、ゆっくりと息を吐くと、落ち着きが戻ってきた。
あのふたりは恐らく見間違いだろうし、もし本当にくっついていたのだとしても、そういう事例がない訳ではない。結合双生児、といっただろうか。だとしたら、自分はずいぶん無遠慮なことをしたことになる、わざわざ席から身を乗り出そうとして。
どちらにしても、兄のことで不安になっているときだから、何かと動揺するのだろう、と蓬は考え直した。ショルダーバッグに手を当てて大きく息をつく。蒸し暑い空気が肺に流れ込んでくる。
もう遅いかもしれない。けれども、探しに来ない訳にはいかない。梓が、双子の兄がなぜこの七躯町に来て、今どうしているのか、それを突き止めるまでは、決して帰ることはできない。
最初のコメントを投稿しよう!