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そして、視線を勇儀から再びスマートフォンへと落とすと、芽玖璃は今度はワイヤレスイヤホンに手を伸ばして完全にこちらとのコミュニケーションを断絶しようとする。
いや、ちょっとまて。そもそも、もう授業開始まであと数分もないのだが。教授が大スクリーンの準備をしているところなのだが。この女、授業中も周回を続ける気か?
それはさて置いても、これはまずい。
名前しか知らない女子と一切の会話もなく90分間は、自称「硬派」の俺にとっては地獄でしかない。何か、何か話題を振って会話を繋げなければ―――!
「ま、待った! 少し話をしようぜ、芽玖璃ちゃん!」
「―――なんです?」
イヤホンを耳に運ぶ手を止めてめぐりは胡散臭そうな目を向ける。あえて例えるなら冷蔵庫の片隅にあるジャムの消費期限が切れていた時のような顔とも言えよう———そんなに嫌ですか、俺と話すのは。
しかし何を話したものか。
女子が喜ぶような話など生まれてこの方浮ついた話の影も形もなかった俺には残念ながら一切思い当たらない。
そもそも、目の前のソシャゲ狂女子に対して一般的な女子受けする話など振ったところで意味があるのかは甚だ疑問だ。
そこで俺は少し、というかかなり趣向を変えた話をしてみることにした。
「俺さ、この前殺人事件に巻き込まれたんだよね。しかも容疑者全員に不完全だけどアリバイがあって、警察も『不可能犯罪だー』なんて言ったりしてて……」
「―――へえ」
見事なまでにそっ気のない淡白な返事。
しかし俺は見逃さなかった、その手につままれたワイヤレスイヤホンがケースに戻されていく様を。まさか、これは脈ありか?
イケる、そう判断した俺はさらに相手を惹きつけるためのキャッチーな言葉を瞬時に収録語彙が小学生並みの脳内辞書を検索し、最適のつかみを芽玖璃に叩き込む。
「―――それもただの殺人じゃない。今どき珍しい猟奇的なバラバラ殺人事件だ!」
「今どき珍しい」って、なんか見世物小屋の興行主みたいな語り口だな。と、思ったのは言葉を発した直後のコトである。そっちの方が「今どき珍しい」気もする。
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