第九話 優しさと罪悪感

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第九話 優しさと罪悪感

カン、カン、カン 「……。」 カン、カン、カン 鉄を弾くような音が耳に響きはじめる。 その度に私の頭はズキズキと痛む。 私の意識が、無意識という名の夢から覚まさせた。 窓から見える明かりは薄暗く、青みがかっている。 「おはようございます。灯織様。」 「うわぁぁ!?」 隣に座っていた陽鬼が突然話しかけてきた。 「お茶でもどうですか? 柳様が用意してくださいました。」 肝心の柳さんは黙々と死んだような目で鍛治に没頭している。 私はありがたく頂こうと陽鬼からお茶を受け取る。 そのお茶は、外側まで伝わるような熱さだった。 「あち。」 「すみません。温めすぎました。」 どうやら陽鬼が火の能力を使って両手で温めていたらしい。 だから外側がこんなに熱かったのか。 「火傷は白椿鬼様に見てもらいましょう。」 「ふふ、大丈夫だよ。そこまでじゃないから。」 息をふきかけて少し冷ましてから口に含む。 でもやっぱり舌が熱くなる。 「あれ、白夜君は?」 「白夜様は朝方に森の方へ行きました。」 (何しに行ったんだろ。) 「見てくる!」 私は布団から跳ね起きて森の方へ向かった。 三日月のあの夜を思い出す様に何かを期待して走る。 実際何かあるわけでも無いんだけど、もっと白夜君と仲良くなりたいから。 でもあんなに冷たくされたことは、普通に悲しかったし、謝ってくれないと許す気は無いけど。 雨が降ったあとのような冷たさが森に広がる。 そしてあの日のように白夜君の息遣いが聞こえてきた。 「はっ、はっ……!! ふぅ……。」 「えっと、おはよう。白夜君。」 「……。」 「また練習? えらいね。」 「……。」 相変わらず私が嫌いなのか無視を続ける白夜君。 (いや、でも。白夜君はただ、人との接し方が分からないだけ……。) 「今度は何。」 「う、ううん。別に用はないよ。暇だったから。」 「あっそ。」 私はもっと仲良くなりたいと思い、白夜君の少し深いところまで探ってみようと話をもちかける。 「ひとつ聞きたいんだけど……。浅葱さんって白夜君のお父さんなの?」 「師匠は師匠だよ。」 「じゃあ、白夜君には両親が他にいて、今は浅葱さんの元で修行中……みたいな?」 「そうだけど。」 「白夜君のお母さんとか綺麗な人だろうね。銀髪に青い瞳の女の人……会ってみたいな、なんて……。」 「……もういないよ。」 「えっ……?」 適当におだてて心を開かせる作戦だったのだが、逆効果だったようで白夜君を怒らせてしまった。 「……っ、そろそろ黙ってくんない? 人の事情に首突っ込む前に自分と人の関係性考えてよ。」 白夜君は凄く怒りを露わにしてをして去ってしまった。 (あっ……やりすぎちゃった……のか。) 私は反省と共に次の作戦を思いつく。 (もう少し共感しつつ歩み寄ったらいいのかな。それともこっちから話したら心開いてくれるかな?) 「っていってもなぁ……。」 考えてみれば、自分から家庭の事情を話してくるやつも怖いものである。 (確かにこれは言いたくもない……よね。ううん、そんな事より後でちゃんと白夜君に謝ろう。急に距離を詰めすぎたんだ。うん。) 何かプレゼントを持って渡したら少しでも早く仲直りができるだろうかと辺りを見回すが、男の子の好きそうなものは私には分からなかった。 ───────ソレカラソレカラ─────── 「あの……白夜君。」 昼過ぎ。素振りをしている白夜君の背後に声をかける。 「……。」 「さっきはごめん。赤の他人の私が色々な事情につっこんじゃって、ごめん。」 「っ、いや。……。君は、どうなの。」 白夜君は素振りを止めた。 「わ、私?」 「あの人は……君のお母さん、とかじゃないんだよね。」 「白椿鬼のこと? 白椿鬼は違うよ。ばあちゃんの知人みたいな人。」 「どうして君は環の能力を持ってなかったの? どうしてあの人と旅をしているの? ……僕には君が不可解でしょうがない。っ、だから僕は君を信用できない。だから君も、僕を信用しなくていい!」 白夜君はそう言って私との話を切り上げようとしてくる。 「私が環の能力を持ってないのは生まれつき。何でなのかってのは私にも説明しにくいかな。白椿鬼と旅をしている理由は、私のばあちゃんにある人を助けてきて欲しいって頼まれたからなんだ。」 私は、どう?という言葉を飲み込んで、白夜君の反応を待つ。 しかし白夜君の背中には期待しないでくれと書かれている。 「私の両親はね、私が生まれてすぐの頃に死んじゃったんだって。だから顔も覚えてないんだ。大好きなじいちゃんも私が十歳になる頃にはもういなくなっちゃって。だから私はばあちゃんの為に旅をしてるんだ。」 『君は、どうなの。』白夜君のあの言葉は、多分この答えを待っていたのだと思う。 だけど、それを聞いてしまったら自分は信用していないのに相手の情報を探ろうとしている事になる。 つまり私がさっきしてしまった事と同じだ。 だから悟られないように言葉をすり替えたんだと思い、私は求められた答えを返した。 「もう、無理には言わせないよ。ただ謝りたかったんだ。ごめんね。」 日も落ちかけた夜が近づく中、私は手ぶらで誠意を伝えに来たのだ。 やっぱり冷たくて、少し悲しくなる。私は俯いた。そしてそのまま背を向けて去ろうと足を進める。 「まって……!!」 白夜君の声に呼び止められ、私は振り返った。 「ねぇ。」 「な、何。」 「いや、あの……。」 白夜君は刀を置いて座り込んだ。 「ごめん。」 「!」 白夜君が謝った。急に、そんな事言うとは思わなかった。 「ごめん。ほんとに。なんて言えばいいか分からないけど、ほんとにごめん。」 「……。」 「僕、友達、とかそういうのいた事ないから。なんて接していいか分かんなくて。それに、僕は別に師匠さえいれば生きてけるし。だから別に仲良くなる必要なんてないって思ってて。」 白夜君はぽつぽつと、ゆっくり話し始めた。それはたどたどしく、つたない言葉だった。 「嫌われても、師匠さえいればいいし。好かれることを頑張るより、嫌われていた方が楽だって思ってた。それに、人を信用したくなかったんだ。信用して、裏切られるのが怖かったから。けど、」 白夜君は俯いた顔を上げた。その顔には朝日が当たり、あの日の夜を思い出させた。 「だけど、灯織や陽鬼と会って、自分が凄く恥ずかしく思えてきて。体調が悪いって嘘をついた僕が、人に嫌われるように接してた僕が、裏切られるのを怖がる僕が、凄く。だからあの時、一緒に探そって、灯織が僕に手を貸してくれた時。凄く嬉しかった。今まで僕はあんなに冷たくしてきたのに、灯織はずっと僕に優しかった。突き放しても突き放しても、僕なんかに謝って、それで」 初めて白夜君は、私のことを灯織って呼んだ。今までずっと君、とかだったのに。 「ほんとに、恥ずかしかったし、凄く罪悪感を覚えた。だから、ほんとに……ごめん。」 白夜君は立ち上がると、私に頭を下げた。 「ほんと、ほんとに悲しかった。」 「ごめん、ほんと謝っても……。」 私の身体は勝手に動いてた。 「ひ、灯織!?」 「白夜ぁ……。私たち、友達だよ……!!」 「えっ、え、え?」 私は色んな感情が込み上げてきて、まともな言葉を紡げなくて、白夜に抱きついていた。 「悲しかった、悲しかったぁ。」 「僕も、ごめん……!!」 「でももう、友達、だよね。」 私は涙を流しながら白夜を見た。 「僕なんかが、いいの……?」 白夜も泣いていた。 「私はずっと、仲良くなりたかった。」 「ありがとう……ありがとう……。灯織は、僕の初めての友達だよ。」 そういえば、昔出会った男の子との出会いもこんな感じだったような気がする。 私は白夜から離れ、近くの木の下に座った。 私は自分の過去を思い出し、懐かしい気持ちに浸った。 (そう、そういえば……。) あの男の子と出会ったのは、まだお母さんが生きていた頃だったはず。 すごく綺麗な花畑にいて、そこで同い年くらいの男の子と出会ったんだ。私より二つくらい上で……。 (お母さんがいなくて迷子になってたんだっけ。) 花に夢中で迷子になってて、そこにその子がいたんだ。 泣きじゃくる私をその子なりに慰めてくれて、すごく頼もしかった事を覚えてる。 今考えれば凄く不器用な慰め方だけど、当時は何よりもの希望に思えたんだ。 目の色は青だか緑だかで、周りには黒ばっかりが普通だからその頃の私からしたら凄く綺麗に思えた。 (名前……覚えてないけど、元気かなぁ。) 凄く優しくて、かっこよかった。強くて頼もしいお兄ちゃんみたいなイメージ。 私を落ち着かせる方法が上手く分からない白夜は、私に声をかけるとかはせず、ただただ素振りをしていた。 (そっとしておいてくれた方が嬉しいし、白夜なりの優しさって思ったらもっと嬉しいんだけどね。) 「ねぇ、灯織。さっきの答え、だけど。」 「うん。」 「……本当のお父さんではないよ。でも本当のお父さんだと思ってるし、僕は大好き。」 「ふふ、なんだか羨ましいな。」 「そ、そうかな。」 なんだか一気に距離が縮まって、友達が増えた様で、とても嬉しい。 白夜は木刀を置くと、汗を拭って私の横に座った。 「僕もね、両親の顔知らないんだ。」 意外な共通点に目を見開く。 「両親は、僕を師匠に預けて消えたんだって。つまり僕は嫌われたんだ。きっと、僕は望まれない子供だったんだ。唯一血の繋がった大人に嫌われたんだ。」 「そんなこと……!」 そんなことない。言えたら良かったのに。でも私が知らないだけで、世界にはそういう家族はたくさんいる。ニュースでも見ることがあった。私がとやかく言えることではない。 「今頃何してんだろうね。どっかで野垂れ死んでるんじゃないかな。」 笑えるよね、と顔を見せず笑う白夜に私は抑えていた何かが爆発した。 「そんな、そんな事ないよ! 本当に白夜を嫌っていたなら、こ……殺すとか、そこら辺に捨てるとかできたはずだよ。でもしなかった。なら何か理由があるんじゃないかな……。」 「理由? 知りたくもないね。僕を捨てた事に対して理由なんてないでしょ。邪魔だった。それだけだよ。」 「違うよ、違うよ……! きっと、何かあるはずだよ。」 理由なんてないと決めつける白夜になんだか腹が立って、いつの間にか立ち上がり、大声を出していた。 「ねぇ、なら探しに行こうよ!? ないって決めつけないで、聞きに行こうよ!!」 「もうどうせ生きてないよ。」 「だ! か! ら! そーやって決めつけないで! 行こうよ、一緒に!!! 理由を探そう!」 「そう言ってくれる灯織の気持ちはすごく嬉しいけど、僕は師匠のそばから離れる気なんてないかな。」 「なんでよ!」 「育ててくれた恩があるんだ。その恩が返せるまで、僕は離れる気ないよ。」 「それって! 両親に話聞いてからの方が良くない? 今の白夜は両親に対して凄く否定的だよ。それが本当であろうが思い込みだろうが、話を聞いて真実を聞いてからの方が良くない?」 「……。」 「でも、そういうの全部すっ飛ばして私が言いたいのは、白夜と一緒に行きたいってこと!!」 そう言うと、白夜は驚いたように私を見た。 「私は白夜っていう友達が出来てすごく嬉しいよ。今までいた場所を離れてひとりぼっちで、すごく寂しかったから。同い歳くらいの友達ができて、凄く嬉しい。理由は半分以上がわがままだけど、でも一緒にいたいの!」 「灯織が僕を友達って言ってくれたこと、すごく嬉しいよ。でも、僕には自信が無いから。待っててほしい。灯織、ありがとう。」 そう言うと白夜は立ち上がり、木刀を持ってどこかへ行ってしまった。 (ちょっと感情的になりすぎちゃった……。私恥ずかしいこと言ってないといいな。) またやりすぎてしまったのか。分からない私は柳さんの家に戻ることにした。
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