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第一話 行ってらっしゃい
「あ、そうそう灯織、これあげるよ。」
中学校の帰り道、何かを思い出したように私の友達、弥生はポケットから乱暴に取りだした。
「な! これはもしや人物型埴輪の」
「いや、説明はいらん。興味無い。」
弥生は、真顔で私の目の前に"ストップ"というサインの様に手の平を見せてくる。
「うんうん。あたしら毎日のように聞かされてるしね。」
「耳にタコができそうよ。」
「もう出来てるよ笑」
私の親友、弥生と桃寧の二人は笑いながらやれやれと言わんばかりの表情を浮かべる。
「えぇ! ひどい! こんなに可愛くて愛らしいのに! てか、何でくれたの?」
何でなのかは分かっているが、わざと知らないフリをして聞いてみる。
「わかってるくせに笑」
「わざとらしー笑」
「へへへ。」
やはり二人にはバレているようだ。
学校帰り、他愛もない会話をして、三人で横並びに歩く。
「ねぇねぇ聞いて、今日宮本君がね、私に今日の服可愛いじゃんって言ってくれたの!!」
「きゃー!! なにそれ、桃寧もう脈アリじゃん! 早く付き合えよー!」
弥生と桃寧が楽しそうに恋愛話に花を咲かせる。
「……灯織ったら、すぐ黙るんだから。」
「だ、だってなんて言えばいいか分かんなくて。」
苦笑いをしながら聞いていたのがバレていたようだ。
「そうよねー灯織には王子様がいるもんねー。」
「彼氏なんか探さなくたって迎えに来てくれるもんねー。」
「違うよ! そんなんじゃないもん。昔遊んだ人が忘れられないだなんて自分でも未練がましくて恥ずかしいもん……。」
「別に振られたわけじゃないんだから。どこにいるかも分からないその王子様を愛し続けるなんて一途で可愛いじゃん〜。」
「やめて〜恥ずかしい〜〜!!」
そんな話をしているうちに、いつの間にかもう分かれる道に辿り着いていた。
「じゃーねー!」
「また明日ね!」
「ばいばーい!」
帰り道、二人の親友と別れて、家の方向へとはや足で進む。
振り返れば、私の通っている小中が混同した校舎と、友達の背中が見える。
十一月の中旬頃、私は十四歳を迎えた。
「少し寒くなってきたなあ。」
体を震わせて両腕をさする。
北の方に位置するこの「月見町」は、雪が降るのが、全国的に見て早い。
正月にもなれば町のみんなで雪かきをするのが名物。
(名物は言い過ぎか。)
空は鮮やかな橙に染め上げている。
「居残りしてたからちょっと遅くなっちゃった。早く帰らなきゃ。」
さっきより歩く速度を上げて、走るように家に向かう。
「ばーちゃーん!!!! たっだいまーッ!!!!」
勢いよく戸をガラガラッと横にスライドさせて叫ぶ。
「おかえり、灯織。いつもより元気がいいわね。」
「なーにいってんのばーちゃん、私はいつも元気よっ!」
「ふふ、そうだったわね。」
私は中学二年生の、遥喜 灯織。
今日は待ちに待った十四歳の誕生日!
「んーで、今日は何の日だと思ってんのッ!」
「朝も言ってたものね。はい、誕生日おめでとう。」
そう言ってばあちゃんは、薄汚れた水色のエプロンのポケットから、手の平サイズの小箱を取り出した。
「わ! ありがとう!」
(なんだろうな〜!)
ばあちゃんから受け取った小箱をそっと開くと、そこには三日月の髪飾りが入っていた。
「あ........これ........!」
この三日月の髪飾りは、元々裏庭の祭壇にボロボロの分厚い本と共に飾られていたものだ。
本当は満月の形をしていたのだが、私の母が幼い頃に触って大きく欠けてしまったらしい。
それをばあちゃんが削って三日月の形にしたもの。
「いいの? ご先祖様が大切にしてたんじゃないの?」
「いいわよ。いつまで飾ってても意味無いもの。」
「ほんとに!? ありがとー! ばーちゃん大好き〜!」
(結構可愛いと思ってたんだよねー♪)
「ふふ。喜んでもらえてよかったわ。」
ばあちゃんはそう言って静かに微笑んだ。
そして夕食の準備を続けるために、キッチンへと戻った。
欲しかったのは本意だが、誕生日にこれだけと言うのもなんだか物悲しいと感じた。
(いやいや、貰えるだけありがたいよ。)
自分にそう言い聞かせて、私は早速、前髪辺りに付けてみる。
(うん! 可愛い♡)
鏡の前でポーズを決めたりして楽しむ。
(あ! そうだ!)
「ばーちゃーん。 これ付けて月見公園行ってきていい?」
「いいけど、ご飯食べ終えてからにしなさいね。」
「はーい。」
月見公園とは、私が勝手に名前をつけた場所。
公園ではないし、まず公園要素もない。
大きな大きな樹が生えていて、ボロボロになった木のベンチが二つ置いてあるだけの小さな場所。
─────ソレカラソレカラ─────
「ごちそーさまっ!」
ぱん!と胸の前で手を合わせて礼をする。
誕生日のご馳走を食べた私は上機嫌で自分のフルートを手にする。
このフルートは、私が幼い頃に交通事故で死んでしまったという父と母のもの。
ちなみにこのばあちゃんは母親の方のばあちゃん。
「あら、今日は月が綺麗ね。」
ばあちゃんが窓を開けると、肌寒い風が私の前を通り過ぎる。
「ほんとだ。すごく綺麗な三日月〜。」
ささっと玄関に向かい、靴を履く。
「んじゃ、行ってきまーす!」
「........ええ、気をつけてね。」
ばあちゃんは私の見送りをするためにやってきて、手を振りながら寂しげに微笑んだ気がした。
違和感を覚えつつも、私は大樹の元へ上機嫌に走った。
辺りの草をかき分け、大樹の元へ走る。
大樹の周りは土なので、私はベンチを無視して土の上に座る。
しかし運動下手な私は着く頃にはゼェゼェ言ってた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。」
肺を落ち着かせて吹こうと思っていたその時、奥の方で白く光る何かを見つけた。
(なんだろ。)
ただの好奇心でそれを追いかけた。それは奥へ奥へと逃げて行き、私はただそれを追いかけた。
(あれ、こんな事前もしたような……。)
何かに引っかかるが、何も思い出せない。
気のせいなのだろうか。
何だかあの白い光は急いでいるようで、段々と足が早くなっていく。
いつの間にか好奇心は膨れ上がり、その白い光を捕まえてやるという気になっていた。
「つか、まえ……たっ!!」
私はその白い光を手の中で包み込み、そっと開けてみた。
自分の手を開けた瞬間、その光が辺りを囲うほどに大きく肥大し、夜だと言うのに朝が来たかのように照らした。
「えっ? きゃ、きゃぁぁ!!」
そしてその光は、私を包み込んだ。
光に包まれるその瞬間、私は大好きな祖母の声を聞いた。
『行ってらっしゃい』
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