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第二話 それは導かれる者
バチッ バチチッ
電撃の走る様な音がして、私は勢いよく体を起こす。
起きた瞬間目にしたのは、穏やかな景色。
草が波のように風に流され、私の見える奥の方まで、草で満たされている。
後ろを振り向くと、月見公園の樹に似た大きな樹がそびえ立っている。
朝が昇る頃なのか、薄紅く染った空が真っ白な雲をいくつか浮かべている。
全ての景色が初めてで、私は戸惑う。
(ここ……どこ……。)
自分の両手を見て、少しずつ思い出そうとする。
(あー……えっと……何かを捕まえて……それで、白い光に包まれたんだっけ……?)
「ふむ……その様子だと平気そうじゃな。」
その透き通るような美しい声は、私の右耳をくすぐる。
「誰っ!?」
振り向くとそこに立っていたのは、長い黒髪の、長身の女性。
女性は私に見向きもせず、透明な電撃の壁の様な……膜の様なものを辺りに張っている。
肌は血が通っているのかと疑うほど白く、髪に付けている濃く紅い椿の花が、黒い髪にアクセントの様に飾られている。
淡い水色のスレンダーラインらしきドレスを身につけている。
後ろ姿でも女神と分かるような美しさを纏う。
「うわ、めっちゃ綺麗な人……。は、もしかして女神様? えっ……。ってことは私……死んだの……?」
どうしよう、と私は体を震わせた。
(うそ、嘘だ。帰んなきゃ。まだばあちゃんにだってちゃんと伝えられてないこといっぱいある。弥生や、桃寧にだって……!)
頭が混乱して、心が苦しくなって、涙が零れる。
「これ。勝手に自分を殺すでない。」
女の人が口を開いた。なんだか落ち着くような透き通った声に少し安堵する。
「……! 私、まだ生きてるんですか……!?」
「はぁ、情けない。こいつが娘か……。似ても似つかん。」
「娘……?」
「おぉ、自己紹介を忘れておったな。我が名は白椿鬼。精霊の巫女じゃ。」
「精霊……? 女神様ではないんですか?」
「妾は名乗ったぞ。」
「あ、えっと。私は、灯織です。あの……。その膜? は、なんなんですか?」
まずは状況把握の為に、全く知らない精霊さんに尋ねる。
精霊さんは私が喋っている間、私の顔を見る事は一度も無く、淡々と答える。
「結界、じゃ。ある程度の範囲を覆ってお主を護っておる。」
「ま、護る? なんで精霊さんが? 初めましてですよね?」
「なんじゃ? 死にたいか?」
「嫌です。なんですか急に。殺すつもりですか!」
よく見ればその結界の外側では、見た事のない蛇のような白い生物がふよふよと宙を飛んでいる。
その生物はその結界と言う膜に何度も体当たりしていて、それをバチバチ言わせている。
「その蛇、何なんですか?」
「こいつは魂虫。衰弱状態にある奴の魂を喰らう。」
(衰弱状態? 私、衰弱してるの? 死ぬの?)
聞いた事も見た事もない。ここが家の近くでは無いことが分かる。
「あのー、ここはどこなんですか?」
「ふむ……難しい質問じゃな。とりあえず地球ではないと言っておこう。そうじゃな、"異世界"と言った方が伝わるかもしれぬ。」
「いせか……!?」
驚きのあまり口が大きく開いてしまい、みっともない顔になる。
「異世界は例えじゃ。ここは言うなれば異世界でも地球でもない場所じゃ。」
「それは……どうやって帰るんですか?」
(夢? 私は悪い夢を見てるの? なら早く起きてよ……!)
意味がわからない。異世界でも地球でも無いと言うなら、私は一体どうやってここに来たのだろうか?
そしてここは何処なのだろうか?
「そう慌てるな、灯織。」
「そりゃ慌てますよ! 早く夢から覚めなきゃ。」
「夢ではないとだけ言っておく。灯織、帰る前にひとつ、美菜……お主の祖母からの伝言がある。」
(ばあちゃん……?)
「美菜は"大切な人を救ってくれ"とだけ言っておった。」
「ばあちゃんの……大切な人?」
「その"大切な人"について、妾は検討もつかぬ。灯織も知らぬのか?」
「心当たりあるのはじーちゃんとか……。」
(でも、じーちゃんは私が十歳の頃に、病気で亡くなっちゃったし……。)
あの事については未だ立ち直れていない。じーちゃんの顔を思い出すだけで涙が出そうになる。
「ふむ……。灯織も知らないと言うならば、行先は天界じゃな。」
「じゃあ、その天界とやらにさっさと行きましょ、白椿鬼さん。そこでばあちゃんの大切な人を救えば元の世界に戻して貰えますか?」
「……残念じゃが、天界への行き方が分からぬ。第一、天界に人は存在しておらぬからな。」
「えっ……私は帰れないんですか……?」
じゃあこの先どうすればいいのか、私は精霊さんに尋ねることしか出来ない。
「あの……なんで天界には人がいないんですか?」
「話すと長くなるが。」
「ど……どうぞ話してください。」
精霊さんは、「ふぅ」と一息ついてから語り出した。
「約二百年ほど前の話じゃ。天界には"神"がおった。」
「か、神?」
この世界はもう漫画やアニメの世界で見る異世界なんだと思うと全身から力が抜ける。
本当に自分は大丈夫なのだろうか。
「神の中には、世界を創造する者、世界の反物質を司る者、その者たちの手助けをする使徒。こやつらが世界の秩序を守っていたのじゃ。」
「ほーん。」
「えぇっと……。つまり天界には神が3人居たということでいいですか?」
「まあ、そういう事だ。」
自分なりの言葉に変えて少しずつ頭の中を整理しながら話を聞く。
「そしてここから、世界が驚愕する事件が起きる。今では"世界崩壊"と呼ばれているな。」
なんだかすごそうなその言葉に誘われて、その続きに少しだけ興味を覚える。
「神が消えたのじゃ。突如としてな。」
「消えた……? そんな、急に? なんでですか?」
「知りたいならその場にいたその神たちに聞くことじゃな。」
こんな事も分からないのか、と嫌味を言われた気分になり、なんだかムッとする。
「世界の秩序を保つ神が消えてしまった。つまり世界は混沌に陥ったのじゃ。それからというもの、領土を奪い合う死しか生まぬ無駄な争いが絶えなくなった。」
「そうなんですか? 随分穏やかに見えますけども。」
私から見える景色は、荒れた焼け野原ではなく、穏やかな草原だったので、本当に戦などあったのかと疑う。
「今は武器や兵士やらが尽きて休戦中じゃ。まあ、この混沌から抜け出そうと統一を目指す国もあるがな。」
(やっぱ、統率者がいないぐっちゃぐちゃの世界でも、戦争はみんな嫌いなのか。)
「神のいた世界はとても平和だった。笑いの絶えぬ日々だった。」
そう告げる言葉は悲しげなのに、声色は全く悲しそうに感じないのは私の気のせいなのだろうか。
(ん? ……その神が消えたのって二百年前って言ってたよね? 白椿鬼は神のいた時代を知ってる様な口ぶりだけど……。そんな長い間生きてる……わけないよね?)
「えっ……? 精霊さんて歳いく」
と言ったところで
「灯織?」
言葉を遮って白椿鬼さんが声を出す。
そして今まで何をしようと見向きもしなかったというのに、白椿鬼さんはゆっくりと首を横に動かす。
「初対面の女性にその様な質問をするのはあまりに失礼でないだろうか?」
白椿鬼さんは微笑んでいる。
しかしその微笑みとは裏腹に物凄い圧と狂気を感じる。
私は白椿鬼のその微笑みを、生涯絶対に忘れないだろう。
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