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第三話 世界崩壊
とりあえずこの人が歳の話をすると怒ることは分かった。
そして世界を護っていた神とかいうのが消えたのもわかった。
あと、ばあちゃんの大切な人を救って欲しいってことも分かった。
でも、まだ疑問はある。
「あのー、神が消えたのは分かるんですけど、そこから急に戦争が起きるのがよく分からないんですよね。秩序ってそんな簡単に崩れるんですか?」
また『そんな事も分からないのか』と言われそうだが、分からないものは分からないので、私は開き直って堂々と聞く。
「元々、世界の秩序を守るユースティティアという政府の組織がいたのじゃ。」
「ゆ……ゆーすてぃてぃあ?」
「たがその組織が全滅した。」
「ぜ、全滅!?」
「そうじゃ。どこからやって来たのか何を目的としてるのかも知らないもうひとつのフィーロックスという組織に全滅させられたのじゃ。」
「え、いやだって政府の組織って相当じゃないですか。強いはずじゃないんですか?」
「もちろん強いはずじゃ。だがしかしその組織が全滅させられるほどもうひとつの組織が強かったと言うことじゃ。」
「そんな……。えっとつまりそのゆ、ゆーすてぃてぃあ? が消えたから秩序が乱れてしまったということですか?」
「そいう事じゃ。この世界のルールを仕切るものがいなくなったから戦争が始まった。」
(つまり警察とか裁判官達がいなくなっちゃったみたいな感じかな)
白椿鬼が急に私に背中を向けた。少し間を置いたあと、白椿鬼は私にある頼み事をした。
「灯織、天界に行くついでに頼みたいことがある。」
「な、なんでしょうか。」
「その組織を倒し、再びこの世界に平和を取り戻して欲しいのじゃ。」
白椿鬼の声が微かに震えたように聞こえた。
「む、無理無理無理無理無理です!! 私ただの中学生ですよ!? 世界を治すなんて……。」
考えただけで怖さに身体中が震える。
(すごく強い政府の組織がやられる程なのに私が立ち向かえる気がしないよ……。)
「そうか。それが今のお主の答えか。」
「あ、当たり前です。」
「妾は待っている。必ず世界を取り戻すと約束するまでな。」
「無理ですよ……。」
否定しかできない。だって私が何かを成し遂げるなんてしたこと無かったから。
できない事を簡単にできると言えるほど、私のメンタルも力もなかった。
(なんか壮大な話になっちゃった……。はぁ、私は無事に帰れるのかな。)
草木に触れる感触や、目に見える雄大な景色。
そして静かに香る風の匂い。
私の五感が、『この世界が夢ではない』と叫んでいる。
(夢みたいな話だし、信じようがないけど、この世界で頼れる人はこの精霊さんしかいなさそう、だよね。)
まるでファンタジーの世界に迷い込んだアリスのようだ。
(全部、アリスの様なファンタジーで終わってしまえばいいのに。)
私は首を横に振って少しでもポジティブになろうと少しでも違うことを考える。
(ファンタジーと言えば、アレはあるのかな?)
お決まりのアレだ。
「白椿鬼さん、この世界に魔力は存在するんですか?」
「似たようなものがある。環と呼ばれるものなら存在するぞ。」
「輪?」
「これじゃ。」
白椿鬼は袖をまくり、ひらりと右腕を突き出した。
その右腕には、薄い水色と緑色がグラデーションになったリングがはめられていた。
「なにそれ。それが魔力なんですか? どうやって使うんですか?」
「質問が多い。この環を身につけることで魔力が備わる。」
「へぇ〜! いいなぁ。私も欲しいです!」
「無理じゃ。」
「即答するほどですか。」
私はそれをつければ魔力が使えるのだと楽観的に考えていた。
即答なだけあって少し落ち込む。
(元の世界じゃできないから、絶対使いこなしたい。なんて馬鹿な考えか……。)
「作るのにはお主の血と瞳が必要なのじゃ。」
「えーと……血は抜き取るってことだとして、瞳って何ですか? まさか、目も抜き取られるんですか?」
私は再び身体を震わせる。
「まず灯織には二つの環の魔力が眠っている。その魔力が何かを確かめるのには瞳の色が関係してきてな……」
(またよく分からない話が出てきた……。聞かなきゃよかった。)
「はぁ。えーと、つまり自分の目の色によって魔力も変わるってこと?」
「そんな感じじゃ。灯織の環は妾とは違う色に変わるだろう。」
「あの、私が精霊さんの環? を身につけたらどうなるんですか?」
「これは妾専用に作られてるものじゃ。灯織がつけた所でただのガラクタに代わりない。」
「なんだぁ。」
「そういう事じゃ。そろそろ行くか。さあ立て。」
「どこにですか?」
「天界への行き方を知っている知人がいる。」
(まずはばーちゃんの大切な人救わなきゃ。早く元の世界に帰りたいな……。)
「あの、精霊さん。これからどこに行くんですか?」
「その敬語をやめろ。気持ちが悪い。」
「ええっ、でも年上ですし……。」
「その気遣いがいらんと言っておるのだ。」
「じゃあ、タメ口で話しま……話すね。えっと、よろしく白椿鬼。」
「ああ。」
白椿鬼は振り向くこと無く、淡々と告げる。
白椿鬼は女性にしては背が高いと思う。
私の頭がやっと白椿鬼にくくらい。たぶん私のおばあちゃんよりずっと背が高いだろう。
「灯織の色を見てやろう。」
「わっぷ。」
ぼーっと考えていると、白椿鬼が急に振り返るので、私は白椿鬼の腹にぶつかってしまった。
「色? 目の色……でしたっけ。」
すると、突然目線が白椿鬼と同じくらいまで体が宙へ浮かんだ。
まるで、骨や筋肉が固まったかのように全身が硬直して、口が動かせない。
もちろん腕や足も動かせない。
「大人しくしてろ。」
白椿鬼は人差し指と中指を、私の右目を目掛けて直進させてきた。
(刺されるっ!)
目を閉じたいのだが、筋肉が硬直しているので、目を閉じることが出来ない。
しかし、白椿鬼の指は、私の眼球寸前で止まった。
と思えば、その指先から魂のような白い何かが出てきた。
そしてその瞬間、私の右目は完全に光を失った。
(うそ、目が、見えない……?)
白椿鬼はその魂のようなものを観察している。
私はそれを左目で眺めているだけ。
白椿鬼は観察し終えると、それを私の右目に戻した。
すると私の右目はゆっくりと光を取り戻し、地に降ろされた。
「これは光の色で間違いなかろう。」
「何……光?」
私は目を押さえたり、まぶたを閉じたり開いたりして、右目の安全を確かめる。
「まあ、つまり灯織は光の環が使えるということじゃ。」
「えっと、私は光の魔力持ってるということですか? なんか強そう……!」
「いいや。今見つかっている十三種の能力の中で一番最弱と言われておる。」
「えっ。ファンタジーの中なら闇と光が一強っていうお決まりじゃないですか!」
「どんなお決まりかは知らぬが、この世界では闇と光が最弱じゃ。」
「えー。せっかく強そうな魔力だと思ったのに。……っていうか魔力は一人二つなんですよね? なら私のもう一つの色はなんなんですか?」
「もう一度眼を抜かれたいのならやるか?」
「それは嫌っ!」
白椿鬼は歩きながらふむ……と考え込んでいる。
私はただひたすらに白椿鬼の背中を追う。
(ねむい……。ばーちゃんもう寝たかなあ。今何時なんだろ。)
「今何時ですか?」
「朝方だからのう、卯の刻辺りじゃな。」
「うのこく? なにそれ。私何時? って聞いてるんですけど……。」
「こっちの世界では卯の刻と言うのじゃ。灯織の世界なら七時あたりじゃな。」
「結構寝てたんだなあ……。」
私が月見公園に行ったのが夜の九時頃だからーと、指折りで数える。
「あ、そーだ。白椿鬼のその知人ってどんなひとなんですか?」
「剣士じゃ。赤髪のな。」
「剣士かあ。」
まだ見ぬその剣士の姿を想像して楽しむ。
(どんな人なんだろ。かっこいいかな〜。)
「性格は……異様に明るい奴じゃな。」
「うぅっ。全員に優しい太陽タイプかな……。仲良くなれるかな。」
「確か前に会った時居たのは……。」
白椿鬼はぶつぶつと独り言を言って、草原をぬけた。
「おお、そうじゃ。こいつを紹介しておこう。」
白椿鬼が私に振り向き、私の胸の前で細く白い人差し指を突き出す。
(白椿鬼の爪、まあまあ長いな。)
「これも魔力のひとつなの?」
「これは呪術じゃ。魔力とはまた違う。」
するとその指先から白い光の玉が膨らむ。まるであの時捕まえた白い光のように見える。
その光の玉は段々と大きくなり、形を変え、人の形になった。
そして現れたのは私の背の同じくらいな小さな女の子。
「初めまして、灯織様。私は白椿鬼様の護衛を仰せつかっています、陽鬼、と、申します。以後、お見知りおきを。」
「えっ……?」
人形かと思ってボーッと眺めていたので、喋ったり動いたりしていることに驚いた。
背は私と同じくらい、なのに顔は幼い。そんな子が敬語を使って礼儀正しく挨拶してくるので、いい子なんだなーと心の中でつぶやく。
「可愛い女の子……。」
「ありがとうございます。」
陽鬼はふふっと笑った。
(笑顔も素敵だなあ。)
「それでは失礼します。」
陽鬼ちゃんは、また白い光の玉になって白椿鬼の指先に戻っていった。
「あれ、もう行っちゃうの?」
「陽鬼は挨拶させただけじゃ。さ、行くぞ。」
「可愛いかったなあ。私の隣にずっといればいいのに。」
白椿鬼は私の歩幅を考えずスタスタ行ってしまう。
なので体力のない私からしたら白椿鬼に合わせるのは結構疲れる。
かと言って自分の歩幅で歩いてたら白椿鬼を見逃してしまう。
白椿鬼を見上げる。しかし彼女は見向きもしない。
(他人に興味なさそうな人だなあ。)
会ってからまだ数時間しか経っていないからってのもあるだろうが、白椿鬼は笑顔も怒りも悲しみも、感情を見せない。
無表情を崩さないでいる。
(あぁ……狂気の微笑みは見せてくれたか。)
まるでおとぎ話に出てきた氷の女王の様だ。無表情で、冷静で、人に冷たい。
(そいえば白椿鬼って氷と風の能力なんだっけ。)
白椿鬼にぴったりの能力だと思った。
風のように何事にも動じず、氷のように冷たい。
(納得だな。)
「ふっ。」
ぴったりすぎて逆に笑ってしまうくらい。
「何が面白いのか……。変な奴じゃな。」
「元々変ですもーん。」
私は開き直って両手を頭の後ろで組む。
この時の私はまだ、楽観的に捉えていた。
"混沌の世界"
この世界はそう呼ばれている。その言葉に間違いはなかった。
この世界に足を踏み入れたその時から、既に厄災は振りかかろうとしていたのだった……。
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