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第五話 フルーティスト
はぁ……はぁ……はぁ……
男の子を見失わないために、一生懸命走った。肺が死にそうだ。
(ど、どこに行くって言うの……?)
川を渡り、少し先のところで、地面が乾燥してきた。
(地面が干からびてる。ここら辺は雨降らないのかな。)
ふぅ、と、呼吸を落ち着かせて少年を追う。
少し歩いていると広大な荒地に出た。
(ひ、ひろ……い。)
辺りには怪物の骨がばらばらに転がっている。
大きな顔の骨もあれば、小さな腕の骨まで、様々だ。
すると、男の子はその広大な荒地の中の、一番デカイであろう怪物の顔の骨の前に立った。
その怪物の骨は、顎の部分が埋まっていて、口が大きく開いている。
少年はその口の中に入っていった。
(ここ……かな?)
私はそーっと近づいて、中を見ようとした。その瞬間。
ヒュッと音がして、刃物が私の頬をかする。頬からは血がだらだらと出る。
私はその刃物が落ちた方向へ顔を向けた。
「さがれ灯織!!!!!!!!!!」
遠くから叫ぶような声がしたその刹那、耳をつんざく様な高音が交じり合う。
キィィィィィィィィィン
「っ!」
思わず耳を押さえる。交じり合ったそれは、私のすぐ後ろで鳴っていた。
「気づかれてないとでも思った? こそこそつけ回して、一体僕に何の用?」
「そ、そんなつもりじゃなくて……。」
言い訳なんて届かないくらい、男の子は私の背中を刺すような冷たさでそう語った。
「そのくらいにしておけ、白夜。」
声は後ろから聞こえてきた。もしかして骨が喋ったのかと私は振り向くと、そこに立っていたのは煙管を片手に持った赤髪の男だった。
深緑の和服に身を包み、胸元を大々的に開けている。
そこからはぱっきりと割れた筋肉が見え隠れする。
腰には一本だけ刀を挿していて、ニッと白い歯を見せて笑った。
「よお白椿鬼。久しぶりだな。」
(知り合い……? この人が白椿鬼の友人?)
私の後ろにいた白椿鬼に笑いかけたようだった。
(じゃあこの男の子は、私の勘違い……!?)
途端に凄く恥ずかしくなってきて、自分がこの子のストーカー紛いのことをしていたことに気づく。
(最悪、穴があったら入りたい……。この子からの視線が冷たい……。)
「お〜、これまた美人さんを連れてきたもんだな。俺は浅葱右京。嬢ちゃん、名前は?」
「あっ、遥喜灯織です!」
「はっはっは! 元気だな!」
「浅葱、そいつは誰じゃ。」
「こいつは俺の弟子。白夜だ。」
「び、白夜君……ごめんね。私勘違いしてたみたいで……。で、でもあの林の中での出来事はほんとの気持ちだから!!」
「なんだ白夜。もう仲良しなのか?」
「ちがっ! 誤解させるようなこと言わないでよ!!」
白夜君は恥ずかしそうな顔をして私に憤る。私は申し訳なくなって俯く。
浅葱さんは、はっはっは! と楽しそうに笑う。
「えっと……あ、浅葱さん、よろしくです。」
「チッ。」
軽く舌打ちが聞こえた。と思ったらその音の主が早口で責めるように放った。
「大剣豪、浅葱右京。まさか知らないの?」
「だいけんごう……。」
(あ、何かの漫画に出てきた気がする! 剣の強い人って感じの意味だっけ?)
「こらこら白夜。自分の価値観を人に押し付けるな。すまんな嬢ちゃん。というか、白夜になんか用だったのか?」
「い、いえ! 私はちょっと勘違いしてただけで……。」
「用があるのは妾じゃ。浅葱、お前にな。」
「俺か?」
「天界への行き方じゃ。教えろ。」
「天界への行き方って……そりゃ、いつか話さなかったか? お前さんは物忘れがはげし」
「な ん か 言 っ た か ?」
「お前さんらしいねえ。」
真顔で詰め寄られている浅葱さんは、はっはっは!と笑う。
しかし隣の白夜君は怯んでいる。
これが普通なのだろうと私は激しく頷く。
「おお、嬢ちゃんは光と音属性か。」
「あれ、目を刺さなくても分かるんですか?」
「まあ、俺はな。」
「目を刺すのはなんの意味があるんですか?」
「眼を刺す動作をするときゃ、相手が嬢ちゃんの目の奥にある魂を見てるって事だな。」
「た……たましい?」
またファンタジー要望出してきて……いくつ覚えなきゃいけないのかと呆れる。
「その魂はいろんな色をしててな。その色で能力を判別するってやつだな。」
「な、なるほど。」
白椿鬼の目ん玉ぶっ刺し事件の真相が今ようやく分かったような分かんないような気がした。
「よし。そうだ。丁度いい。嬢ちゃんはこのリングが欲しいんだろ?」
浅葱さんは自分の髪をかきあげて耳を見せた。その耳には赤いピアスが二つぶら下がっている。
(腕輪だけじゃなくてこんな風にもアレンジできるんだ……。)
「はい、欲しいです。」
(この世界で生き抜くためにも、やっぱり環は欲しい。)
「白夜も色んな奴と戦ったら強くなれるよな。」
「げ、まさか。」
白夜君が嫌そうな声を出す。
「そのまさかだ。嬢ちゃん、白夜と戦え。」
「戦う……。まあ、戦うだけならできるかな。勝つのは無理だろうけど……。」
「いや勝て。」
「むりむりむりむり無理難題。」
樹を木刀でなぎ倒し、その木刀を投げただけで簡単に取れないような深いところまで刺した人と戦って勝つとか難題すぎる。
「白夜は木刀。嬢ちゃんは……なんか得意なのあるか?」
「んー……。フルートと埴輪。」
「ふるーと……あ、あれか! 嬢ちゃん妖精族……なわけないよな。」
「妖精? 違いますけど。」
「ちょっと待って下さい師匠! なんで僕はこいつなんかと戦わなきゃいけないんですか!」
「俺が戦ったら一瞬だろ? 人助けと思ってやるんだ!」
「えぇ……。」
とても嫌そうな顔をして白夜君は私に近づき、耳元で囁いた。
「師匠に言われて仕方なくだからね。せいぜい覚悟しとくがいいよ。」
背の高さだってほぼ変わらないような奴に言われたもんで、みくびってんじゃねぇよと見返したくなるのが私の性だ。
(腹立つこいつ……! 私と同い年くらいでしょ!? 何が気に食わないってのよ! そりゃ、最初勘違いして迷惑かけたけどさ。どうせ私をぶちのめして戦う気力でも無くさせるつもりでしょ。絶対勝ってやる。)
「そっちだって覚悟しなさいよ。」
「はっ、言うじゃん。」
(絶対初心者って思われてる! 初心者だけど! 舐められてんのが腹立つ!)
白椿鬼はフルートを取り出して浅葱さんに見せた。
「あ! 私のフルート! 置いてきたと思ってたのに、白椿鬼持ってたの?」
「ほう、これがふるーとってのか! んで……白椿鬼、これはどうやって使うんだ?」
「全く……昔と変わらんな。その刀にしか特化してないところ。」
「ひとつのことを極めるってのはいい事だぜ?」
白椿鬼と浅葱さんは皮肉を言い合って笑う。
「灯織、お主は音楽を奏でる事のできる魔力を授かっている。音が鳴ればそれ全てがお前の味方となる。」
「……ん?」
抽象的すぎて分からない。
「つまりお主の音は攻撃として使えるのじゃ。」
「ふむ? じゃあこんな感じ?」
両手を叩いた。しかし何も起こらなかった。
「まだ環がないからな。お主が使えるのはフルートだけじゃ。」
「フルート……? まさかこれで殴るの!? やだよ! 傷つけたくないもん!」
フルートは繊細なのだ。ちょっとでもネジやキーが狂えば音が変になってしまうし。
ましてやこれで殴るなんて、おばあちゃんからもらった大切なものをそんなことに使いたくなんかない。
「だから音を奏でるのじゃ。」
「奏でるだけ?」
「妾は音の能力は持ち合わせておらぬからな。知り合いに聞いた話になるが。」
白椿鬼は浅葱さんからフルートを取り上げて、私に構えさせた。
「目を閉じよ。」
「目を閉じるの? 前見えないよ?」
「黙っておれ。初心者はこれが一番じゃ。」
私は言われた通り目を閉じる。
「決して力むな。心を落ち着かせ、静寂の世界に溶け込むのじゃ。」
静寂の世界というのがいまいちよく分からないが、とりあえず目を閉じて心を落ち着かせる。
「指の動くまま、奏でてみよ。」
私は聞いたことも奏でたことも無い短い曲を演奏する。
(不思議……。指が勝手に動くみたい。)
幸い、私には絶対音感と作曲能力があったので、即興には自信があった。
「そして技を放つ場合、念じるのじゃ。力まず、その奏に思いを乗せるように。そうじゃな……例えば、混乱。などと言う感じか?」
(混乱、混乱……。白夜を混乱させる……。)
すると曲調は短調になり、無意識にフラットを使うようになる。
「なっ……。」
ぱっと目を開けると、白夜がふらついていた。
(よっしゃ!)
思いっきりガッツポーズとついでにドヤ顔を決める。
「上出来じゃな。」
「白夜、平気か?」
「はっ、この程度……!」
「灯織、分かったか?」
「やり方はなんとなく、だけどもっと練習させてよ。」
「よかろう。妾が相手をする。」
「て、手加減してよね?」
「当たり前じゃ。」
白椿鬼に混乱の音、そして攻撃の音、自分に守りの音。まだまだ弱いが少しずつできるようになっていく。
(これとか、できるかな?)
「シューベルト 子守唄」
フルートソロでメロディーだけを切りとった有名な子守唄。
白椿鬼に眠くなれ眠くなれと心の中で唱えながら奏でる。
「なっ。」
表情ひとつ変えなかった白椿鬼の表情が僅かに動いた。
「さすが灯織、成長が早いな!」
何がさすがなのかよく分からないがとりあえず浅葱さんに褒めてもらった。
「もう白夜との戦いはできるか?」
「いや、そりゃ不安だけど……やるしかない、からやります……。」
「では、構え。」
白椿鬼が指示を出す。私はそれに習い、目を閉じてフルートを構える。
「「いざ、勝負!!!!!!!」」
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