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(いいか、寅二、しっかり受けろ……!)
マスクの向こうで先輩の目が、俺にタイミングを告げていた。
——コーナーポストによじ登り、そこから飛んでのドロップキック。
体重差のあるコンビの場合、こうした「空中ワザ」の成否は「阿吽の呼吸」にかかっている。
ヤマネコマスクの中の人——「山根先輩」は軽いから、
こっちがうっかり踏み留まったら弾き返してしまいかねない。
(先輩の蹴りが俺の身体に触れた瞬間、上手くよろめく……)
そのイメージで覚悟を決めて、
(さあ、来い!)と構えようとした時、すでに先輩はジャンプしていた。
(え、ちょっと、待ってくださいよ!)
思わず後ろに飛び退いた俺。
蹴りが届かず空振りし、
受け身も取れずにマットに落ちて、
背骨をしたたかに打つ先輩。
「エビぞり」になって悶絶している姿に客は大爆笑。
「おーい、デカいの、起こしてやれよ!」
ついでに野次まで飛んで来た。
(あー、しまった、またやった……これは後からドヤされるなぁ……)
しばらく呼吸を整えた後、
ヤマネコマスクはムクリと起きて、何を思ったか解説席へ。
アナウンサーからカウント用の「ゴング」を取り上げ舞い戻り、
それを凶器に俺の頭を本気でボコスカと殴りだした。
「な、なんということでしょう……!!」
他のレスラーがなだれ込んで、どうにか山根先輩を抑え、
最後は引きずり出されるように、二人まとめて退場処分。
(でも、ひとつだけ良かったことは……)
試合はメチャクチャになったけれど、お客さんたちは喜んでいた。
「後に控える『主役』のために、会場を暖めることこそが、俺たち『前座』の役割だ」って……先輩は前に言っていた。
(あんまり怒っていないといいな……)
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