1.白いヒーロー

3/5
前へ
/5ページ
次へ
(いいか、寅二(トラジ)、しっかり受けろ……!) マスクの向こうで先輩の目が、俺にタイミングを告げていた。 ——コーナーポストによじ登り、そこから飛んでのドロップキック。 体重差のあるコンビの場合、こうした「空中ワザ」の成否は「阿吽(あうん)の呼吸」にかかっている。 ヤマネコマスクの中の人——「山根(ヤマネ)先輩」は軽いから、 こっちがうっかり踏み留まったら(ハジ)き返してしまいかねない。 (先輩の蹴りが俺の身体に触れた瞬間、上手(ウマ)くよろめく……) そのイメージで覚悟を決めて、 (さあ、来い!)と構えようとした時、すでに先輩はジャンプしていた。 (え、ちょっと、待ってくださいよ!) 思わず後ろに飛び退()いた俺。 蹴りが届かず空振りし、 受け身も取れずにマットに落ちて、 背骨(せぼね)をしたたかに打つ先輩。 「エビぞり」になって悶絶(もんぜつ)している姿に客は大爆笑。 「おーい、デカいの、起こしてやれよ!」 ついでに野次(ヤジ)まで飛んで来た。 (あー、しまった、またやった……これは後からドヤされるなぁ……) しばらく呼吸を整えた後、 ヤマネコマスクはムクリと起きて、何を思ったか解説席へ。 アナウンサーからカウント用の「ゴング」を取り上げ舞い戻り、 それを凶器に俺の頭を本気でボコスカと殴りだした。 「な、なんということでしょう……!!」 他のレスラーがなだれ込んで、どうにか山根(ヤマネ)先輩を抑え、 最後は引きずり出されるように、二人まとめて退場処分。 (でも、ひとつだけ良かったことは……) 試合はメチャクチャになったけれど、お客さんたちは喜んでいた。 「後に控える『主役(メイン)』のために、会場を暖めることこそが、俺たち『前座(ぜんざ)』の役割だ」って……先輩は前に言っていた。 (あんまり怒っていないといいな……)
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加