15人が本棚に入れています
本棚に追加
「な……あっ……」
ユージは驚きで声が詰まっていた。
カルメールと出会って直ぐに地下で隠れていたユージにとってこの光景を見るのは初めてだった。
その横でユキは戸惑いの表情を見せていた。
辺りを見渡しても広がるのは広大な海ばかり。
引き返すにしてもおそらく獣人が追ってきている。
「こっちに」
そう言うとユキは海と陸の境目に沿って走り始めた。
そしてすぐにユキたちは衝撃の光景を目にすることになる。
「なに……これ」
目の前には首を噛み千切られ死んでいる少女の姿があった。
吐きそうだった。ディアンのときは逃げることで手一杯だった。だから無惨な光景を見ても何かを感じる余裕がなかった。
ユキがその光景から思わず目をそらすと,服を引っ張られる感覚がした。
なにかと思いユージの方を向くと
「ユ……ユキさん、あ……あそこ……」
ユージは声を震わせながら水面を指差していた。
ユキがユージの指差した場所を見るとそこには,二つの人が赤く染まった海の中に浮いていた。
そしてのその一つにユキは目を奪われた。
「まさかあそこにいるのって……」
「なんで……なんで……」
ユージは膝から崩れ落ちた。
海に浮かんでいるのは間違いなくカルメールだった。
何故,どうして,理解が追い付かなかった。
「もう……終わりだ……」
ユージがポツリと呟いた。頬には涙が伝っていた。
「カルメールさんがいなきゃ……」
ユージは完全に生気を失っていた。
カルメールの元へ行こうとするのでもなく,泣きじゃくるのでもなくただ茫然としていた。
ユキも茫然としていたが,我に返るとユージの手を引っ張った。
「まだカルメールさんは助かるかもしれない。行こう!」
だがユージはその手を乱暴に振り払った。
「無駄ですよ!見てわからないんですか!?もう死んでますよ,カルメールさんは!!死んでるんですよ……」
その言葉に答えることが出来なかった。
ユキも分かっていた。カルメールと別れてから随分と時間が経っている。それに獣人の言葉を信じるなら,生きている方がおかしいと。
「僕のせいなんです」
「え?」
そよ風でかき消えるのではないかという程,小さな声でユージは呟いた。
「僕がいたからカルメールさんは死んでしまった。僕と最初に会わなければ,僕が誰か他の人に殺されていればカルメールさんは死なずに済んだんです。僕が一緒にいたから,ユキさんもカルメールさんも危険な目に合っていたんです。僕が天恵を教えなかったから。一人になるのが怖かったから。全部全部僕のせいだ。僕が死ねばよかったんだ!生きたいなんて思わずにさっさと死んでおけばよかったんだ!!僕が……僕が……」
「ユージ君」
ユキが呼ぶとユージは顔を上げた。その顔は悲しみと怒り悔しさが入り混じり酷い有様だった。
そんなユージの頬をユキは叩いた。
「死ねばよかったなんて言わないで!カルメールさんはアタシたちを守るために戦ったんだ。だから……他の人はなんて言ってもいい。だけどあたしたちだけはそんなことを言っちゃいけない」
「でも……」
「生きるんだ。カルメールさんの分までアタシたちが絶対に」
ユキはユージの肩を掴み,じっとユージの瞳を見つめた。
そのまっすぐな瞳に,意思に当てられユージは立ち上がった。
「……わかりました。やりましょう」
「うん」
殺しを肯定するわけではない。楽しむわけでもない。生きるために,守るべき者のために戦う覚悟を決めた。
二人の意志は固まった。
だがユージは―――
「やるのは僕一人でやります。ユキさんは逃げてください。なるべく僕から遠くへ」
ユキとの共闘を拒んだ。
「なんで?二人でやったほうが―――」
勝率は上がる。
今更裏切る気もない。共に最後まで戦うつもりだった。
生き残ることが出来るのが一人だとしても。
「もう僕のせいで苦しんでほしくないんです。僕の天恵はユキさんを不幸にしてしまう。だからお願いします。逃げてください」
「そんなの勘違いだよ。今まではたまたまで」
ユージは首を横に振った。
「僕の天恵は『不幸体質』。不幸を引き寄せてしまうんです。自分の意思と関係なく。だから言い出せなかった。言ったら見捨てられるに決まっていたから。怖くて言い出せなかったんです。ごめんなさい……」
一瞬の沈黙の後,ユキは手をあげた。
叩かれる。そう思ったユージは反射的に目を瞑った。
だがその手は優しくユージを包み込んだ。
「謝らないで。アタシはユージ君を見捨てたりなんかしない。だってあたしが今ここにいるのは,生きていられるのはユージ君たちがアタシを助けてくれたからだもん。不幸どころか幸福だよ。アタシはユージ君が何て言おうが一緒にいるよ」
ユージとカルメールのおかげで自分は今ここにいる。一度死んだも同然の命。恩人のために使わなくてどう使うというのか。
たとえユージを見捨てて生き残ったその先で,妹と共に胸を張って生きていけるのか。きっと出来ないだろう。
妹の命がかかっていようとも,目の前の恩人を見捨てていい理由にはならない。それがユキという人間の生き方だった。
「戦おう一緒に」
「――――――はいッ」
最初のコメントを投稿しよう!