15人が本棚に入れています
本棚に追加
だがしかし―――
「不意打ちか,確かに悪くない。だが残念だったね。私にはそんな手は通用しないのだよ」
その攻撃が届くことはなかった。
片手でバールを受け止めた黒ずくめの男は,ユキからバールを奪い去ると投げ捨てた。
「―――――――――ッ!」
「子どもまでも巻き込んでいたとは本当に愚かだ」
しくじった―――ユキはすぐさまその場から逃げた。店の中を抜け逆側の扉まで全力で走った。
完全に死角からの攻撃だった。躊躇もしなかった。なのに何故気づかれたのか。
理由を考えたところで分かるはずもない。そんなことよりも優先すべきは逃げることだ。
いとも簡単に攻撃を―――不意打ちの―――防ぐような奴に真正面から戦って勝てるはずがない。
幸いというべきか反対側は森ではなく建物が建ち並んでいたので,ユキは別の建物の中に隠れたて息をひそめた。
『落ち着けアタシ。まだ負けたわけじゃない。何か手を考えるんだ』
相手は攻撃を受けた後,何故か反撃もせず,逃げたユキの後を追いかけもしなかった。
こちらを警戒しているのだろうか。だとすればその貴重な時間を無駄にはできない。
ユキは脳をフル回転させここからどう行動すべきかを考えた。
だが答えが出る前に近くから足音が聞こえた。
その足音はゆっくりとゆっくりとこちらに近づいてくる。まるで居場所が分かっているかのように迷いなく。
そしてユキの隠れている建物の前で立ち止まるとおもむろに語りだした。
「君がそこに隠れていることは分かっている。どうか出てきてほしい。君を苦しめたくはないんだ」
居場所がばれている―――ユキは焦った。どうするべきか,居場所がばれているならば隠れていても仕方がない。正面突破するべきか,それとも言葉に従いのこのこと相手の前に出ていくべきか。
「……そうか,出てきてはくれないか」
ユキはどちらも選択しなかった。彼女が選んだのは第三の選択肢―――息を殺し隠れ続けるというものだった。
相手はこちらに気づいておらず,嘘を言っているという可能性にかけた。
ユキは隠れ続けた。一切の気配をかき消し,像のように動かず。そしてユキの隠れる部屋の扉が開いて瞬間彼女は男の顔をライトで照らした。
「あああぁぁぁ,目がぁぁ!」
突然の強光にたまらず目を隠した隙を見て,ユキは建物から脱出した。
『お店で借りてきていてよかった』
ユキはホームセンターでバールとヘルメット以外にも物を調達していた。他にはサバイバルナイフに足止め用のネズミ捕りなど様々な物をがある。使う時が来るのかわからないがもしもを想定してである。
だがユキはこの時,もしもを想定していたはずなのに致命的なミスを犯していたことに気が付いていなかった。
ユキはあの瞬間逃げを選んだ。だがもしもあの時逃げを選ばずサバイバルナイフを手に取り男の首を狙っていたなら―――。
それは弱者故かそれとも戦闘経験のなさ故か,ユキはそのことに気づくことなく走っていた。
出来るだけ遠くに,そして見つからない場所に―――走り続けていると何処からか羽音が聞こえた。
そしてその音に気が付いた時には遅かった。
「今のは見事だよ,お嬢さん」
上空から黒ずくめの男が降ってきた。
突然の登場に心臓が飛び出るのではというほど驚いたが,ユキは平静を装い一歩下がりサバイバルナイフを構えた。
「アナタ,今何処から……」
「ん,あぁ上からだよ。上」
男は空を指さした。
「私の名前はデューク。我々吸血鬼は飛行能力を持っていてね。空から君の姿を探させてもらったよ」
デュークは帽子を取るとお辞儀をした。
『吸血鬼』それは西洋の伝承に出てくる怪物であり,鋭い牙で他者の血を吸うという。
まさか実在していたとは。となると少女が言っていた他の種族も存在するという可能性が非常に高い。
全員と出会うということはないだろうが,ここを乗り切れたとしても生き残れる可能性は低くなるだろう。
『吸血鬼……ナイフ一本で倒せるような相手なのだろうか…』
先ほどの不意打ちは見事に防がれている。正直に言ってバールよりも短く小さいナイフで倒せるわけがない。
だけどやるしかない。ここで退けば殺されることは確実だ。
ユキはデューク目掛けて走った。
狙うは首。上手くいけば一撃で勝負がつく。
ユキはスプレー缶を取り出し顔面に向けて噴射した。噴射されたスプレーは風に乗りデュークの顔に命中した。
手が顔に行った―――その瞬間を逃さずユキはデュークの首を切りつけた。
生きるために,守るために少女は誰とも知れぬ他人を殺めた―――はずだった。
「ガハッ――――――ッ」
何が起きたのか気づくと少女は空を見上げていた。
痛みが全身に走る。呼吸が出来ない。一瞬の逡巡の後,自分が投げられたのだと理解した。
「止めておきたまえ。君では私には勝てんよ」
「そ……そんなことは……ない」
ユキはすぐさま立ち上がり体制を整えた。
「一つ問いたい。君は何故戦う」
何故―――そんなこと決まっている。生きるためだ。まだまだやりたいことがいっぱいある。それに今はこの命は自分一人の命ではない。自分が死ねばシオンも死んでしまう。尚更死ぬわけには行けないのだ。
「死なない為にアタシは戦う」
「そうか……」
デュークはどこか悲しげに返事をした。
最初のコメントを投稿しよう!