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「私にはね,娘が一人いるんだ。そうだな歳はおそらく君と同じくらいかな。親ばかと言われてるかもしれないが非常にかわいらしくてね。本当に目に入れても痛くないというほどさ」
その喋る姿は子を想う親だった。敵意なんて一切ない優しい親の姿。
何故突然そんなことを話し始めたのか,それは分からないがデュークの柔らかい表情に父と母の姿が重なって見えた。
「だがそんな娘が―――」
デュークは歯を食いしばり,こぶしを力一杯握りしめた。
その表情は先ほどまでと変わって怒りに満ちていた。
「娘が人質に取られてしまった…。もしも死ぬのが私一人だったならば私は君のような若人に命を譲っただろう。だが娘の命がかかっている以上そんなことはできない。何としても生き残らなければならないのだ。たとえ誰を殺してでも」
娘のため―――戦うには十分すぎる理由だ。だが―――だったら何故あの時背後から,頭上から攻撃をしなかったのか。殺そうと思えば殺せたはずなのに。
ユキはの姿が娘と重なって見えたのか,何が原因かは定かではないがそのおかげでユキは今生きていることが出来る。
「許してくれとは言わない。だからせめて苦しまないように,抵抗はしないでくれないか」
雰囲気が変わった。
先ほどまでの優しさも怒りもない,そこにあるのは悲しみ。今から目の前の少女を手にかけねばならないという悲しみだった。
ユキは走った。全力で。本能が逃げろと叫んでいた。
何処に逃げる―――分からない。逃げ切れるのか―――分からない。ずっと逃げ続けるのか―――分からない―――分からない分からない分からない。
ただひたすら走った。がむしゃらに走った。
走り続けていると奥の方で不自然に景色が変わっていることに気が付いた。
「誰も死にたいなんて思うはずはないか。ましてや君の人生はまだまだこれからなんだから」
先ほどと同じく飛んできたのだろう,上空から現れたデュークはユキの行く手をふさいだ。
「これ以上時間をかけるのはよしたい。すまないが抵抗するというのなら実力行使をさせてもらう」
デュークは指を鳴らした。何の変哲もない,只々指を鳴らしただけ。何も起こるはずがない―――そう本来だったならば。
指を鳴らすことで発動するそれがデュークの『天恵』だった。
「これが私の授かった能力『暗黒大陸』だ。君はもう光を見ることはない」
デュークの言う通り目の前が暗黒に染まっていた。視覚が奪われたのかそれとも闇が周囲を囲んでいるのか,どちらにせよ周囲の状況を把握できないというのは致命的だった。
視覚に情報のほとんどを頼っている人間に触角と聴覚だけで戦うことなど無謀もいいところ。
事実ユキは動けずにいた。だがそれは暗闇に対する恐怖が原因ではない。
その原因は動揺―――『天恵』が自分以外にも与えられているということに対する驚きだった。
勿論暗闇に対する恐怖がないわけではない。だがそれ以上に相手が天恵を持っていることに対する驚きが大きかったのだ。
しかしすぐに切り替え,ユキはどうするかを考えた。
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