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視覚を奪われる,この対象は相手だけなのか,そんな都合のいい能力があるのだろうか。もしかするとそれは相手も同じではないのか。だとすればまだこの勝負は分からない。そう考えたがユキの希望はあっけなく砕かれることになる。
「一つ君に教えておこう。我々吸血鬼の住む世界は一日の大半が暗闇に包まれていてね,そのためか音に対しては敏感なんだ。つまり私にとって今も状況は何も支障はないということだ」
それはユキに対する死刑宣告だった。
逃げることも出来ず戦うことも出来ない。万策尽きたかにおもわれたが―――
「だからと言ってアタシも死ぬわけにはいかないの。アタシにだって守らなくちゃいけない人がいるんだから!」
ユキは暗闇の中を直進した。目の前にデュークが立っているはず,運が良ければナイフが当たるかもしれない。
だがデュークが立っていると思われる場所に到達したとき,そこにデュークはいなかった。
避けられた―――だがそれは想定内だった。
ユキはそのまま真っ直ぐ走った。目的の場所を目指して。
その行動にデュークは動揺した。まさかこの状況で逃げを選択するとは思わなかったのだ。
「まさか―――!」
デュークは上空から見た景色を思い浮かべた。少女の向かう先に在るもの―――それは
「海に逃げるつもりか,なんて無謀なことを」
デュークの考えている通りユキは海に逃げ込むつもりだった。一か八かの賭け,うまくいかない確率の方が高いと分かっているが彼女はその道を選んだ。
『あと少し……あと少し……,ここだ!』
ユキは全力で跳んだ。目視で距離を測り,そこに至るまでの過程を計算していた。
波の音もしているため計算は完璧だった。
だが―――ユキが海に入ることはなかった。
追いついたデュークがユキを掴んで飛んでいたのである。
「すまないが,これで終わりだ。安心したまえ,苦しむようなことはしない。約束しよう」
デュークはユキの首筋に噛みつこうとした。
吸血鬼の唾液には鎮痛成分が含まれており,噛みついても痛みを感じることは少ない。神の道楽に巻き込まれた年端もいかない少女に苦しみを与えないようにという,せめてもの配慮だった。
「勝手に終わらせないで,まだアタシは負けてない!」
デュークは勝ちを確信していた。事実ここから逆転することなど普通なら不可能と言っていいだろう。
だが彼女は―――ユキもデュークも普通の存在ではない。
『天恵』―――それを授かっているのはユキも同じ。そのことをデュークは見落としていた。
圧倒的有利な状況故の慢心。気づいた時にはもう遅かった。
指を鳴らす音が聞こえた。
その瞬間,全ての感覚が消え去った。意識以外の全てが体の中から消え去った。
『これがこの少女の能力なのか―――』
五感を奪う能力―――デュークの『暗黒大陸』の上位互換ともいえるその能力。
ユキは天恵を授かった際,すぐさまその能力を理解した。それはまるで生まれた時からこれまでずっと一緒にいたかのような,体の一部と言っていいほどに馴染んでいた。
そんな体の一部ともいえる天恵を何故今まで使わなかったのか。それは使いどころが非常に難しい能力だったから。
そんな能力が抜群ともいえるタイミングで発動した。
そして後は天に全てを任せるしかなかった。
何故ならば五感を奪われたのはデュークだけではなかったからである。ユキも同様にすべての感覚を失った。
上を向いているのか―――下を向いているのか―――飛んでいるのか―――落ちているのか―――浮いているのか―――沈んでいるのか―――何もわからない。
『何がどうなっているのか何もわからない……。吸血鬼の人はどうなったのかな……。眠くなってきた……。どう……なっちゃうんだろう……。ごめんね……シオン……』
少女は暗闇の中で眠りについた。
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