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目の前に広がる「赤」。
あっという間の出来事だった。
カレが戻ってくるまでになんとかしないといけない。
「あーあ」
あいつが欠伸をしながら他人事のように呟く。
オレは風呂場へと急いだ。
~
ひとまず床に広がる「赤」をなんとかしないと。
風呂場へ来たオレは、タオルが入ったカゴから大きめのものを何枚か見繕って、リビングへ取って返した。
カレが戻ってくるまで、あと30分くらいか。
タオルを「赤」へ落とすと、一瞬にして白が「赤」へ染まった。
そのとき。
♪ピンポーン
「こんにちはー」
チャイムの音に続いて、女の子の声が響いた。
近所に住んでいる、なおちゃんだ。
反射的に身体が疼く。
「出れば?」
あいつが訳知り顔でニヤニヤしながら言った。
♪ピンポーン
続けてチャイムが鳴る。
悦びを覚えたオレの身体が玄関へ向かいそうになるのを必死で押しとどめる。
「いないのかなぁ」
いることがバレてしまえば、相手をせざるを得なくなる。
そうすれば、この惨状をどうにかする前にカレは戻ってきてしまうだろう。
許せ、なおちゃん。
その場に蹲り、今にも走り出しそうな衝動をやりすごしているうちに、なおちゃんの足音は遠ざかっていった。
~
持ってきたタオルが全て「赤」に染まりきった。
しかし、まだ足りなかったようで、吸いきれなかった「赤」が滲み出てきている。
追加のタオルを取りに行こうと、再び風呂場へ向かおうとした、その時。
ゴゴゴゴゴと地響きのような大きな音が、外から聞こえてきた。
ヤツだ。
オレはヤツが大の苦手だ。この忙しい時にやってくるなんて。
♪ピンポーン
「こんにちはー、野上急便です」
玄関のチャイムがなり、外からヤツの声がした。
ひとこと言ってやらねば気が済まない。
「うるさい!」
「いつもいつもいきなり来やがって!」
「早く帰れ!」
オレが大声でまくし立てると、ヤツはかなり驚いたようで、持っていた荷物を取り落とした音がした。
ヤツは何やら紙切れをポストに落とすと、足早に去っていった。
地響きのような大きな音を引き連れて。
~
もうダメだ。間に合わない。
片付けきれなかった「赤」が、じわじわと広がっている。
オレは呆然とその場に立ち尽くした。
ガチャガチャ
玄関の鍵が開く音がした。
逃げ出したいが、足が動かない。
ふと目をやると、あいつと目が合う。
あいつはニヤリと笑うと、立ち上がってゆっくり上へあがっていった。
~
「ただいま…あ!」
リビングへのドアを開けると、床一面に広がる赤。
しまい忘れた赤ワインのボトルが、床へ落ちて中身が飛び散っている。
バスタオルで拭こうとしたのか、周りに何枚か散らばっている。
そのそばで項垂れている犬のリョウ。耳も尻尾もすっかりしぼんでバツが悪そうに小さくなっていた。
テーブルの真ん中あたりに置いてあったはずなので、恐らく犯人は猫のヤスだろう。
前にも、テーブルからどこかに飛び移るときに、置いてあったグラスを落として割ったことがある。
「こら!ヤス!どこにいる!」
呼びかけると、上のキャットウォークから小さく「にゃあ」と鳴き声が聞こえた。
ちょっと顔を出したヤスは、面倒くさそうに欠伸をひとつすると、キャットウォークを優雅に歩いていった。
今にも泣き出しそうなリョウの頭をひと撫ですると、俺は片付けを始めた。
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