金魚すくい

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みーんみーん うるさいくらいに夏を知らせる声。 突然に移動させられた青い部屋の中で、仲間たちがひしめき合っているのを遠くから眺める。 この部屋を出るには「選ばれなければならない」と、誰かが言っていた。 ただし、「長くは生きられない」とも。 揺らめき、耀く外の世界には、何が待っているのだろう。 ―――――― 毎年恒例の夏祭り。 僕は母さんに着付けてもらった新しい紺色の浴衣で、神社の境内に入った。 からんころんと下駄の小気味良い音が気分を上げる。 首から下げた小銭入れの中には500円。今日の軍資金だ。 何を食べよう?何をしよう? あまり時間はない。 精一杯楽しまなくちゃ。 ―――――― 辺りがだんだん暗くなってきた。 夏の音が静まるにつれて、聞きなれない音が聞こえてくる。 騒がしく、でも、楽しそうな音。 暗くなったはずなのに、煌々と見慣れない光が部屋中を照らす。 ざわざわとたくさんのヒトが話す声も聞こえる。 ―ここは一体…? 考えを巡らせていると、部屋全体に衝撃が走った。 ―…なにが、起こっている? ―――――― 境内の中程に、金魚すくいの出店があった。 手持ちに対して1回200円はちょっと高いかな…とも思ったけれど、これは絶好のチャンスだ。 母さんとくると、まずやらせて貰えないから。 青い水槽の中で、ゆらゆらとたくさんの金魚たちが優雅に踊っている。 「1回200円ね」 おじさんの手のひらに100円玉を2枚乗せると、代わりにポイを渡される。 ここは自分で選べないのか。 渡されたポイを丹念にチェックすると、願いをこめてポイをパチンと弾いた。 ―――――― ザブン!ザブン! 立て続けに感じる衝撃に、仲間たちは散り散りになって部屋中を逃げ回る。 突然過ぎる出来事に、呆然と立ち尽くしていると、身体の下から、ふっと持ち上げられる感覚がした。 ―…これが、「選ばれる」ということ? 次の瞬間、ザバッという音と共に部屋の外に出た。 ―息ができない!苦しい! あまりの苦しさに身を捩らせ、空気を求めてもんどり打つ。 視界に飛び込んできた夜の色に目をやると、一瞬バチッと視線が合った。 ―あぁ、コイツに「選ばれた」のか… 落ちていく感覚に身を委ねながら、意識を手放した。 ―――――― 「お!1匹get!おにいちゃん、やるねぇ!!」 やっとの思いですくった金魚をビニール袋に入れると、おじさんが笑いながら言った。 初めて自分ですくった金魚だ。大切に持ち帰らなくては。 袋を受け取ってからおじさんにお礼を言うと、次のお店へと歩き出した。 すくい上げたときに一瞬目が合ったような気がしたけれど、あれは何だったんだろう…? ―――――― ゆらゆら揺れている。 目を覚ましてすぐ、眩暈かと思ったけれど、どうやら違うようだ。 水の入った透明な部屋。 少し苦しいが、息はできる。 片側は夜の色の壁…いや、さっき「選んだ」ヒトだろう。 一緒に移動しているという訳か。 いま置かれている状況をもっと知りたくて、もう片側に目をやると、そこには見たこともない世界が広がっていた。 揺らめく光。 やわらかくて、あたたかくて。 泡のように小さいけれど、色とりどりの光がいくつも揺れていた。 行き交う色。 たくさんの色が、模様が、何度も何度も横切る。 それに合わせて、楽しそうに話す声。笑い声。 心が弾む音たち。 こんなにも喜びに満ちた景色は、これまで見たことがなかった。 からんころん、と軽い音が一定のリズムを保って聞こえてくる。 夢のような景色と、心地よい音。ゆらめく世界。 うっとりと身を任せていると、不意に辺りが暗くなった。 驚いて視線を上げると、そこには2つの「目」が、こちらを見ていた。 幼いヒトの「目」。 柔らかく、とても嬉しそうにこちらを見ている。 目がキュッと細くなって、三日月のような形をしている。 しばらく見つめ合っていると、満足したのか「目」は離れていき、再び移動を始めた。 色が、光が、流れていく。 あのとき選ばれなければ、こんな景色は見られなかった。 あの嬉しそうな「目」を思い出して、鼓動が早くなるのを感じた。 例え長く生きられなくても、こんな気持ちになれるのなら、「選ばれる」のも悪くないのかもしれない。 ―――――― 金魚すくいのあと、わたあめと、家族のお土産にたこ焼きを買って帰った。 短い時間だったけれど、初めて自分ですくった金魚を見る度に、なんだかすごいことをやってのけたような達成感で、胸がドキドキした。 母さんに見つかって苦い顔をされたけれど、なんとか説得して飼うことになった。 次の日、前に亀を飼っていたちょっと大きめの水槽に金魚を移してやると、気持ちよさそうひと泳ぎしてから、僕の目の前でひらりと舞った。 「ありがとう」と言われたような気がした。 ―――――― 新しい部屋に連れてこられてから、長い時間が経った。 「長くは生きられない」と言われていたが、幸いにしてこの環境に慣れる程には長生きしている。 朝がくると、「カアサン」の甲高い声が誰かを呼んで、その声のあとに「ヒロト」が姿を現す。 ここに来てから何度も繰り返される景色。 唯一違うのは、「ヒロト」の服が色とりどりのものから、全身黒くなったことくらいか。 三日月のような柔らかい目と弾むような声は、あの時と変わっていない。 部屋の前でゴソゴソと何かをした後、「ヒロト」は決まって部屋の壁をコンコンと叩いて、 「いってきます」 その言葉を残して、「ヒロト」は姿を消す。 どこに行くかは分からないけれど、会えなくなるのは寂しい。 ―早く帰ってくればいいのに。 「ヒロト」の笑顔を思い浮かべて鼓動を早くしながら、くるりと身を翻した。
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