『晩年様式集』その3 「サンチョ・パンサの灰毛驢馬」

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『晩年様式集』その3 「サンチョ・パンサの灰毛驢馬」

 大江健三郎の最後の長編小説『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』の「サンチョ・パンサの灰毛驢馬」という章を読了した。 ──この長編小説では章ごとの番号がふられていない──  アカリと妹の真木が成城の家から四国の森のに移る計画 ──大江健三郎の故郷の森。かれには長男、二男、長女の3人の子どもがいるが、この長編小説では長男ヒカリはアカリ、長女は真木と呼ばれている── がすすむ。しかしながら久しぶりに大きな余震があった夜の朝、「3・11後」緊張状態が続いていたアカリが、この数年記憶にない大きさのの発作を起こした。  朝に大きなを起こした理由として、深夜12時を過ぎても長江(大江健三郎自身がモデル)と長女の真木が地震学者が発表した原子炉の危険性に関する論文にいつて話し込んでいたことが考えられた。隣りの部屋で寝ていた聴覚の優れたアカリは、たびたび行き交う地震という言葉を聞き続けていたのだ……  救急車で運ばれた十数年来アカリを見ている主治医は、脳波のほかの検査によって異常がみられるということはないが、自分の口から地震という言葉が出るたびに、アカリが両耳をしっかり押さえてしまうといった。  ──アカリさんは敏感すぎるかもしれないけれど、今のこの国にはむしろ鈍感すぎる人たちが多すぎる、ともいえるのじゃないですか? 人間の真面目さの質ということは、知的な障害のアル・ナシとは別ですな!  そうこうするうちに、また夜に強い余震のあった朝、アカリは再び病院へ救急車で運ばれることになった。その朝アカリが倒れていたのは、音楽室の、街路に面した側のガラス戸の外側で、1メートルほどの奥行のヴェランダを囲む、胸ほどの高さの煉瓦塀をアカリが()じ登ろうとし、腕の力が足りなくて後ろへ滑り落ちたことで、むしろ大事に至らなかった。
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