『晩年様式集』その4 「カタストロフィー委員会」Papt3

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 “Under the Volcano”の主人公の領事は、妻とムゴイ別れ方をし、その別れた妻に対してというよりも、もっと根本的な……人間そのものに対する罪悪感を持っていて、永く苦しんでいた。 ──やがて領事がそのカタストロフィーの仕上げに渓谷(バランカ)へと落ち込んで行く。かれの死体に続けて、叩き殺された犬の死体も投げ込まれる── ギー・ジュニアは、この“Under the Volcano”のエンディングを、長江が赤鉛筆でなぞっていることを知った。  自分の父(ギー兄さん)が死んだ後、長江が相当ひどいアルコール中毒であったこと、その悪夢にもとずき『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』で、ラウリーの短編のひとつを紹介し、ラウリーが小説家として苦しい仕事を再開しようとする自分の願いを、神に呼びかける。その「祈り」を訳出していたのだ。 《親愛なる神よ、心からお祈りいたします、私が作品を秩序づけることができますよう、お助けください、それが醜く、混沌として、罪深いものであれ、あなたの眼に受けいれられる仕方において。……乱れさわぎ、嵐をはらみ、雷鳴にみちているものであるにはちがいありませんが、それをつうじて心を湧きたたせる「言葉」が響き、人間への希望をつたえるはずです。それはまた、平衡のとれた、重おもしい、優しさと共感とユーモアにみちた作品でなければなりません……》  今夜も愛犬シーズーのシーの寝息を聴きながら、日本酒を飲み、大江健三郎の最後の長編小説『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』のページをめくった。もう少ししたら、薄明のなかシーと散歩に出かけよう。 774e3799-44c8-4dd9-b00a-790f3f1521e4
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