神社と池

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時川(ときかわ)神社、ですか?」 「ああ。その神社に居る当主を訪ねてもらいたい」  ある城の一室。  若い男ら二人の前に居るのは、鼻下と顎に立派な髭を生やし、髷を結った、彼らより一回り以上年の功ある男。  彼の名は『羽柴秀吉(はしばひでよし)』。  この時代で知らぬ者はいない、ある大名の家臣である。 「実は最近、安土城内で不穏な動きがあってな。殿があるモノを探しているとの噂だ」 「あるモノ……?」  秀吉は「ああ」と短く相槌をうつと、息を殺すようにその名を言った。 「二人は『八岐大蛇(やまたのおろち)』を知っとるか?」 「『ヤマタノオロチ』?それはもちろん……」 「太古の昔にスサノオノミコトが退治したというあの?ですが、あの化け物、今は存在しないのでは?」  『八岐大蛇』とは古来から語り継がれる八つの蛇の頭を持った化け物のこと。  かつての出雲国を襲ったとされる伝説の大蛇はイザナキが(みそぎ)をしたことで生まれた三貴子(みはしらのうずのみこ)の一神、スサノオノミコトにより退治されている。 「左様。確かに『八岐大蛇』はこの世には既にいない、と儂もついこの間まではそう思っておった」  秀吉は腕を組んで難しい顔を浮かべると、直ぐに若者二人に目を向ける。 「では、『』は聞いたことあるか?」  主人の問いに、2人は首を傾げる。 「いえ、初めて聞きます」 「鱗がついた化け物ってやつですか?」 「まあ、簡単言えばそのようなモノ、だそうだ。なにせ、それは『八岐大蛇』の一部らしい」 「一部?」 「それはどういう……?」 「京の都から南へ下ったところに池があるんだが、昔その近くに『鱗の化け物』が現れ、村を1つ消してしまったという話があるそうだ。その鱗の化け物こそが『八岐大蛇』がこの世に遺した怪物だそうだ」 「そんな化け物、出会ったら終わりなんじゃぁ……」  それもそうだ。  村を1つ消してしまったというのだから、その場に居た人間が生きている可能性は低いだろう。 「何故、殿が探しているのかはわからぬ。それを見つけてどうするのかさえもな。そのための調査なのだ」  秀吉が要件を話終えたとこで、1つの疑問が青年の頭を過る。 「そもそも、その『時川神社』とは一体……?知り合いですか?」 「いや、ワシは会ったことが無い。強いて言うなら、官兵衛だな」 「官兵衛さんが?」  彼らから見て秀吉の左手には、黒い着物を纏い、白い頭巾を被った三十路の男が座っていた。  彼の名は黒田孝高(よしたか)。黒田官兵衛の名で知られる秀吉の側近である。 「以前、ある集まりで当主にお目にかかってね。その『鱗の化け物』に深く関係がある神社だそうで。当主に私の名を出せばわかると思う」 「なにより、今回の件で最も深く関わっている神社だ。その主と奉公人に交渉ができねばならない」  「任せたぞ」と秀吉は2人に強い眼差しを向ける。 「それほど重要な用件を我々だけで良いのですか?」 「むしろ、内密に扱いたいのだが……どうも記之介だけでは心配でな」 「オレ、ですか?」  突然、自分の名を呼ばれた布を巻いた少年は自らを指差す。 「調査だけならお前に任せるのが一番最適なのだが……交渉、となるとまだ若いしの……忙しいかもしれんが、佐吉も付けた方が良いかと思うてな」 「そうだったのですね。それは正しい判断かと……」  佐吉と呼ばれた男は秀吉の言葉に多いに同意する。が、 「ちょっとちょっと!待ってくださいよ殿!」  記之介はバッと立ち上がり、佐吉を指差す。 「兄貴なんてとんだへいくわい者ですよ!?もし当主に恨まれでもしたらどうするんですか!」 「俺はそんなへまはしない」 「するだろう!?この前だって……!」 「二人とも!殿、なんとか言ってください」  官兵衛は二人の痴話喧嘩を止めようとするも、 「まあ良い。賑やかな方が良いだろう?」  秀吉は「ははっ!」と笑い、そんな主人を見て、官兵衛はため息をついた。
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