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飛び出しそうになったが、寸前で思い留まりオレは自分を落ち着かせた。今行けばこっそりついて来たのがバレる。仲睦まじい2人の姿を見るのは辛いが、ここは我慢だ。
怒らない。
アセらない。
淋しさに負けない。
――そう頭でわかっちゃいても、心が揺れる。
オレは犬で、ヤツは人間。
これが現実だ。
どんなにオレがカヤを想っても、選ばれるのは結局………
『――アランの兄貴!』
突然、後から声をかけられた。振り返ると、馴染みの顔が賽銭箱の前にいた。
『モリオ……!』
『ち~っス』
太いチェーン型の首輪をして口をモゴモゴさせてるこいつは、勝手にオレを崇める舎弟。商店街のババァに飼われてるハ虫類で、背中と態度は尖っているが根は良い奴だ。
『兄貴……久しぶりっス。今日は……祭りに、来たんスか?』
『お前なに食ってんだよ、態度ワリィな』
『殿様バッタっす。目の前飛んでたんで。旨いっスよ。兄貴も食います?』
『んなキショイもん食わねーわッ』
種族の特徴なのか基本的にハ虫類はひとの話を聞かん。モリオはオレを無視して賽銭箱の上を見上げている。
『兄貴知ってます? ここの神様、動物の願いを叶えてくれるって噂なんスよ』
『そうらしいな』
知ってる、というよりオレの場合は体験済。
実は、オレは以前、人間になったことがある。
前にここで"人間にしてくれ"と呟いたオレの願いを、実際に神は叶えた。嫌味な程短く、最悪なタイミングでの変身だったが。
『俺っちも神頼みしようと思って来たんスよ』
『やめとけ。ここの神すげぇ性格悪いぞ』
『あ、カヤ姐さんだ。隣にいるイケメン彼氏っスか~?』
『ひとの話聞けよッ』
意外に聴覚が良いハ虫類は、オレなどシカトでカヤとラム助の会話を盗み聞きしている。
『姐さん、明日は野花鑑賞っすかぁ。え、裏山に行く? 危ないっスよぉ、襲われちゃうっス。あそこには――』
『なにッ!?』
咄嗟にオレは屋台を睨みつけた。オレの大事なカヤが羊の皮を被った狼男に襲われる!? 見ればラム助の笑顔には暗い影が渦巻いていた。確かにあれは何かやらかす顔だ!
『あんにゃろぅッ……!』
オレは社の柱に噛みついた。ヤツの思い通りになどさせてたまるかッ。オレをただの癒し犬だと思うなよ! 犬でも俺には教養がある。童話の赤ずきんだって知ってるぞ。3匹の仔豚、7匹の子ヤギ……狼ってぇ奴は最後にゃ退治される運命なんだ! テメェはオレが成敗してやるッ。
「じゃあ、先輩の家に迎えに行きます。たくさん花の写真撮りましょうね」
「うん! 楽しみ~!」
純朴なカヤは素直に野花鑑賞を楽しみにしているようだ。
覚悟しとけよ、ラム助……
今度こそテメェの羊の皮を剥いでやる!
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