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狗神様
「アランっ、渡里君っ、ユリが咲いてる〜!」
「先輩っ、奥行くと危ないですよっ」
一面に咲く美しい野花。山の中腹にある草原を夏の風が吹き抜け、森も空も澄んでいる。だがラム助の胸中は穏やかじゃないだろう。まさか愛犬までついて来るとは思わなかったはずだ。散歩嫌いのオレがリードを咥えてシッポ振りゃあ、カヤは感激して必ず連れて行く―――これが勝利のセオリー。2人きりになどさせるかよ。犬をナメんじゃねぇ。宿敵と書いてアイケンと読むんだ!
「見てっ、ニラ生えてる~!」
「ダメですよ先輩っ、それスイセンの葉で有毒ですから!」
森に囲まれた野原の中をカヤが楽しげに駆け回ってる。その後を慌てて追いかけるヤツの姿は実に滑稽だ。イチャつくどころか完全にカヤに振り回されている。
いつもなら、敵の無様な姿を嘲笑っただろう。
だが今はそれどころじゃなかった。
妙な気配が耳の付け根から伝わってくる。
風に混じる、微かな獣臭。
間違いねぇ……いる。
人間の1億倍の嗅覚を持つオレにはわかる。
風上から、獣が近づいている。
相手はこっちに気づいてないようだが、風向きが変わりゃすぐに感づかれる。早く2人を連れて山を下りないと……!
「先輩っ、どこですか!? 先輩!」
血相を変えたラム助が駆け寄ってきた。常に上から目線の負けず嫌いなヤツの顔が、珍しく焦りで強張っている。
「アラン君っ、先輩が蝶を追いかけて森に入っちゃったんだ! 匂いで追いかけられないかなっ」
『テメェッ、なんでちゃんと見てねぇんだ!』
「頼むよアラン君っ、今は協力し合っ――」
突然ギョっと目を見開いたラム助が硬直した直後、
『オイラの森で何してるッ』
森から黒い巨体が現れた。熊だッ。風向きは既に変わっている。迂闊にもラム助と話していた所為で風に動きに気づくのが遅れた。
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