狗神様

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 カヤが危ない!!―――そう思った瞬間、目の前に閃光が広がった。体が火照り、耳の奥でキーンと金属音が響く。この感覚は……! 「キタァァァ!!」  を見ながらオレは笑った。体毛のない肌。長い四肢。銀色の髪―――大人の色気が漂う容姿は文句ナシの超イケメン。前回と同じく、オレは人間になったのだ! 「アラン君がまた人間に!?」 「ハハハっ、どうだラム助おどろいたか!」 「そりゃあね、全裸だもの」 「そこかよッ」 「とにかくアラン君っ、熊が混乱してるうちに先輩を探して下山しよう!」 「……オレは残る」 「は!?」  ラム助を背にしながら、オレは前方の熊を睨んだ。 「お前はカヤを早く探しに行け」 「君を置いていけるわけないだろっ、僕も戦う!」 「バカ野郎ッ」  オレの怒声が周囲に響いた。熊と対峙しながら、オレは宿敵に愛しい女を託した。 「いくらお前が空手の黒帯でも、人間じゃ熊には敵わねぇッ」 「それは君も同じだろっ。今の君は人間でっ」 「人間化したオレをカヤは知らんッ。今はただの他人だッ。でもお前は違う! 後輩のお前が死んだらカヤは一生悲しむんだ! 惚れた女泣かすんじゃねぇよ!」  ラム助が息を飲んだのがわかる。オレは熊の隙をうかがった。体毛のない人間の体はひどく寒い。だが筋肉質の長い四肢と長身は戦闘には有利だ。俊敏さは犬に劣るが、取っ組み合えばラム助とカヤを逃がす時間ぐらいは稼げる!  カヤ……今までありがとうな。  お前と出会えて幸せだった。  オレがいなくなっても泣くなよ。  お前だけは、ずっと笑っていてくれ…… 「お前はオレが命に代えても守ってみせるッ……ラム助ッ、行け!」  ヤツが走り出そうとしたその時だ。 「キャ~!」 「先輩!?」 『カヤっ』  悪寒が背筋を駆け抜けた。迷子になってたカヤが戻ってきたのだ。 「アランッ、逃げてぇ!」 『カヤっ……!』  カヤがオレをアランと呼んだ。  わかるんだ。  姿は変わってもカヤにはオレだとわかるんだ……!! 「先輩っ、行きましょう!」 「イヤっ、アランを置いて行けない!」 「いいから走って!」 「アラァァァン――!」 『それでいい……』  ラム助に手を引かれるカヤを背に、オレは熊の前に立ちはだかった。ここから先は死んでも通さねぇ! 『オレが相手だノラ熊!』 「アラン君っ、先輩は僕が責任持って家に送り届けるから!」 『当たり前だッ、じゃなきゃブッ殺す!』 「それと君戻ってるよ! 一応教えておくね!」 『おうッ、必ず戻……』  オレは、足元を見て絶叫した。  筋肉質の長い手足はいつの間にか犬の脚になっていた。 『戻ってるぅぅぅッ!? おいッ、神! テメェ喧嘩売ってんのか! なんでいつもこれからって時に犬に戻すんだよ!!』  天に向かってオレがキレた直後、いきなり熊が叫んだ。 『神様だ~!』 『はあ!?』  なんだコイツ。思わずオレは顔をしかめた。頭でもイカレたのか、熊がオレに土下座した。 『狗神(イヌがみ)様が現れたぁ!』 『やっ、違ぇーよ!』  基本的に野生動物はひとの話を聞かん。オレを無視して、熊は勝手に愚痴っている。 『狗神様ぁ、聞いてください。人間の熊差別がヒドイんですよぉ』 『だからオレは神じゃねぇって!』 『狐はお稲荷さんで鹿も聖獣として崇められてるのに、熊だけ害獣扱いされてんですよぉ。銃で撃たれる奴もいるんです。オイラたち、ただ山で生きてるだけなのに』 『知るかっ』  なんだか戦意が失せちまった。オレはげんなりと熊を見返した。 『差別って、どの社会にもあると思うぞ。オレはチワワで大型犬からバカにされる。まぁ、その度に力でねじ伏せてきたけどな。でも、奴らが盲導犬や警察犬として立派に働いて社会貢献してるのは確かだ。チワワのオレにその役は務められねぇ。けど、オレはそれでいい。オレが奉仕するのは社会じゃねぇ、愛する女だけだからな』  風が吹いた。周囲からカヤの匂いが消えている。順調に山を下ってるんだろう。それにホっとしながらオレは言った。 『いいか熊、他を(うらや)むのはやめろ。自分に自信もてよ。お前は差別というが、人間は単に熊を恐れてるだけなんだ』 『そうなんですかっ?』 『ああ。そして、実はキツネやシカより熊は人気がある』 『えっ!?』 『くまモン、プーさん、リラックマ……人間の世界はクマキャラで溢れてる。大丈夫だ、ちゃんと(おまえ)は愛されてるよ』  ううっと呻いた熊が、感極まったように泣き出した。まったく、デカイ図体してるくせにヘタレだな。 『大事なのは互いの生活領域を守ることだ。しっかり社会的距離(ソーシャルディスタンス)とって達者で暮らせ』 『神様っ……!!』 『だから違ぇって!』  森の奥で静かに暮らすと言って、熊は帰っていった。  さて、オレも帰るとしよう。  愛しいオレの主人のもとへ。
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