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けもの
溢れた豆乳のように広がる雲り空が、四角い窓で切り取られている。土壁の前にある白い体は、ぼんやりと浮かび上がって見えた。湯上がりの肌から立ち上る蒸気が光を朧気にして、その女の存在を曖昧にしている。
まだ、浴巾を巻いたままの姿だ。座り込み、浮世絵に描かれるような華奢な指が鋏を支え、笛でも吹くが如く耳元に添えられていた。
ふぁさよ、ふぁささ、さらららら
元々、肩にも届かぬ短い髪だ。一房、一本、それぞれが、思い思いの方角へ散らばって、萎びた床に降り注ぐ。
ふぁさよ、ふぁささ、さらららら
白と黒が半々か。混ざると灰色にも見える。その奇妙にも生々しい色合わせは、まるで獣の毛のようだ。
今どき、髪を染める人は多いが、この女は自然に任せていた。額に近い方が白く、後ろに行けば黒が多い。お互いそんな歳になったのだろう。と、同じく白髪の混じった自身の頭に手をやった。
ふぁさよ、ふぁささ、さらららら
おそらく、これは儀式である。共に積み重ねてきた苦労と忍耐と年月の証が今、冷たい刃物で切り落とされて、別のものになっていく。
手に持っていた湯呑が、急に冷たく感じて――。
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