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「おい」
焦りに駆られて声をかけた。勝手に髪を切るのは構わない。だが、未だ瑞々しさの残る体がいけない。あまりに髪とちくはぐの年の重ね方をしていて、本来そこに在るはずの魂は消え、別のものがその器たる体に入っているかのよう。
文字通り、そういった毛皮を被った得体のしれない獣に見えたのだ。
途端に、すぐそこにあるうなじが、肩が、背中が、物凄い勢いで遠くなっていく気がした。
「何?」
一重の瞳が一対、こちらを向き、たっぷりと時間をかけて瞬きをする。答えを知っている問いを尋ねる時の癖だ。
腹が立つのに、何か言うと負けそうな気がして声を出せない。何食わぬ顔のまま、拳を握りしめた。
「これ、片付けておいてくれる?」
反射的に頷いてみると、出会った頃のような妖艶な笑みが返ってきた。意味が、分からない。
その女の去った跡、黒い染みが巫山戯た顔をし、こちらを見上げて嗤っている。暫し、込み上げてくる胸騒ぎを落ち着かせようと、深呼吸を繰り返して立ち尽くしていた。
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