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彼女と俺
「店長、また来ましたよ。あの子」
薄ら笑いを浮かべながらバイトの鏑木優香が俺の耳元で囁く。窓際の通りに面した席に座る、まあるいシルエットの頭。顎下で切りそろえられた髪を耳にかけ、ランチメニューをゆっくりと時間をかけて食した後、ミルクティーを飲みながら読書して、それから帰っていく。毎日来てくれている彼女が、どんな顔で食べて、飲んでいるのか、興味がある。
でも、客には話しかけない。それが俺のルールだ。俺は厨房に引きこもって、注文の品をせっせと作る。それで、時間が空いた時は厨房からそっと店内の様子を窺う。いつだったか、彼女がレジ前で見せた笑顔は、ふんわりと柔らかく、愛らしかった。
そうやって彼女を遠くから見つめては、癒されていた俺の様子に鏑木は気づいていたようで、「あの子のこと、好きなんですか?」なんてニタニタと笑いながら言ってくる。返事していないのに、「店長はああいう子がタイプなんですね」と勝手に話を進めていく。
そうして鏑木から強引に押し付けられた彼女の情報は、この店の近所に住んでいるということと、ミルクティーには角砂糖を三個入れるということ。もっと有益な情報が欲しかったな。だけど、次に彼女が来たときは角砂糖三個用意して出してあげよう。
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