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わたしが長時間店に居座るのが迷惑なのだろうか。でも、優しい店長さんはそれをわたしに言うことができなくて、困っているとか。一度頭に浮かんだその考えは、わたしの心をどんどん蝕んでいった。わたしがここにいることが彼に迷惑をかけている。
「もう店長! いい加減にしてくださいよ!」
テーブルの上の荷物を鞄に詰めて、席を立とうとしていたときだった。鏑木さんの怒った声がした。何事かと厨房に目を向けると、皮を剥かれたじゃがいもが床にごろごろと転がっていた。
「あの、どうかしましたか?」
厨房に近寄って声をかけると、店長さんは大きな溜息をつきながら床にしゃがみこんでしまった。どうしたものかと鏑木さんのほうを見ると、彼女はニヤリと笑ってわたしに近付いてくる。
「園子さん、店長のことどう思ってます?」
わたしはどう答えればよいのか悩んだ。
「優しくて、素敵な人だと思います」
鏑木さんはわたしの肩を掴んで「それだけ?」と問うてくる。ちょっとよくわからない。あれですか、わたしのカレに手を出さないでっていう牽制ってやつですか。なるほど、これは話のネタになるな、なんて冷静に考えているわたしはおかしいのかもしれない。
「あの、わたしもう帰りますね」
鏑木さんの手をそっとどける。しばらく来ないようにしよう。ふたりのために。
「店長さん、わたし、このお店大好きです。居心地が良くて、つい長居してしまってすみませんでした。しばらく仕事に集中するので、お店には来れなくなりますけど、落ち着いたらまた来ますね」
落ち着いたら。わたしの心が。
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