彼女と俺

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 店を開いてすぐの頃は、会計時に客に直接話しかけたりしていた。でも、俺が話しかけると、みんな顔が引きつる。それから、逃げるように帰っていく。そんなことが何回か続いて、接客業向いてないんだなって気づいた。  やむを得ず俺が募集したアルバイトの案内を見てやってきたのが鏑木だった。こいつは本当に失礼というか、正直なやつで、面接に来て一言目に「店長、顔こっわ」と笑いながら言った。それから「あ、それでこの募集要項」と愉快そうに笑った。  募集要項。愛想がよく、笑顔で接客ができること。    鏑木は「それならあたし、適任だと思いますよ」と面接に来ているくせに偉そうにして、鞄の中からしわくちゃの履歴書を引っ張り出した。 「ちゃんとカフェでのバイト経験ありますし、今話してわかったと思いますけど、愛想もいいし、笑顔も可愛いでしょ」  愛想がいいというか、礼儀がなってないっていうほうが正しいだろ、と突っ込もうと思ったが、真面目に返事するのも馬鹿らしくなってやめた。だが、俺の顔見て笑ってられるのは鏑木くらいで、こいつを逃したらもう誰も俺の店で働いてくれないんじゃないかと思ってしまった。何人か来たバイト志願者は、面接中におもむろに携帯見て、「他のバイト受かっちゃいました、すみません」とか言い残して帰っていった。 「一応聞くけど、志望動機は?」 「(まかな)いです」 「は?」 「賄いが食べたくて」  たしかにバイト募集のチラシに小さく『賄いあり』とは書いた。それだけが理由とは。 「店の料理、食べたことある?」 「ないです。なんなら今日食べて帰ろうかと」 「……それでお口に合わなかったらバイト辞退する?」  鏑木はうーんと言いながら首を傾げた。 「食べてみないことにはなんとも?」  結局、鏑木は料理を気に入ったようで、「合格ですね」と笑っていた。いや、それは俺が決めることだろうよ。
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