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その日、彼女は店に来なかった。もちろんずっと見張っていたわけではないが、鏑木からの鬱陶しい報告もなかったし、来ていないのだろう。風邪でもひいたのだろうか。それとも別の店で食事したのだろうか。ぼんやりとしながら皿洗いを終わらせる。
「店長、牛乳切れてますよ。なしでディナーやります?」
「……いや、買ってくる」
正直、牛乳が必要なメニューはさほどない。最悪「今日は牛乳切らしてます」で乗り切ることもできる。でも、もしかしたら彼女がディナータイムに来て、ミルクティーを頼むかもしれない、と思ったらちゃんと準備しておきたいと思った。……来るかどうかなんてわからないのに。
ディナータイムまで三十分。駅前のスーパーに駆け込んだ。
牛乳売り場はなぜかスカスカで、残り一本だけだった。それを小柄な女性がひょいと持ち上げてカゴに入れた。
「あああっ」
思いがけず大きな声が出てしまい、牛乳をカゴに入れた女性が振り返った。……彼女だった。一歩近づくと、彼女は怯えたような表情で俺を見上げた。
やっぱり彼女も俺の顔が恐いんだな。もしかしたら、俺のことを知ってて、笑いかけてくれるんじゃないかって期待している自分がいた。胸がどうにも苦しくなった。
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