山、半ば…

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 『もはや日本から焼跡は消えた』 新聞に書かれた文字に 「表面しか世間は見ないものだ」 芝山夫婦は皮肉な笑みだった。 自分達が手掛ける事業が 当たってくれるのは嬉しいが… 「“進むは蔑ろを生む”…  昔、世話になった人に教わった  言葉なんだが、最近、実感するね」 「街はどんどん良くなるし、  自由な気風も高まっているけど…」 新たに独身寮へ入る五名の 復員兵の名前に 蓉子は目を落とした。 「馬鹿な若い国会議員どもが  戦後処理の費用なんぞ  半分以下でいいなんて  言い出しやがって」 「明日の国会では暴れてらっしゃいな。  あなたを世間が叩いても  私や子供達、ここにいる人達が  あなたを理解しているわ」 二人の珈琲茶碗に 給餌をしながら 志保も新しい入寮者の名を見た。 (まだまだ春紀さんのように  帰還しても行き場のない人が  たくさんいるのだわ…) 心配そうな志保の手を取り、 「ごめんなさいね、志保さん。  朝からつまらない話を聞かせて。  さあ、ここはいいから  旅行の支度をなさいな。  折角の新婚旅行だもの、  とびきり綺麗にしてね」 蓉子は笑った。
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