慕   情

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慕   情

松堂からの手紙を読んでいた芝山は バルコニーへ出て庭を眺めると、 車椅子の義母(蓉子母)を囲んで 自分の子供二人と 女子寮の子等や樹が 愉しげな声をたてていた。 「血が…呼ぶのか……」 芝山の呟きに 「どうかなさいました?  何か難しいお便り?」 蓉子が尋ねた。 「葛城春紀…いや笠岡亮一の  父上が、息子の存在に   気づき始めたようだ」 シベリア復員兵については そもそも…松堂芳嗣からの相談で 今日(こんにち)に至ったのだった。 帰国したものの、 帰り先がなければ“浦島太郎”… 空白が長ければ長いだけ 本人の苦悩は深まるが 具体案など一向に出さぬ政府に 松堂や数名の関係者は 憤慨、奔走していたのである。 「来週あたり大阪へ行って  詳しい話を聞いてから  葛城には言うとする、」 と、ここで扉を叩く音がして 「お客様がいらしたのですが」 手伝いの者が名刺を 夫婦に示した。 「近藤法律事務所?  長野県…面識がないなあ」 芝山は首を傾げた。 「“竹内志保さんについて”  お話を伺いたいと」 「たけうち?」 「あなた、志保さんの旧姓よ」
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