慕   情

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客間に掛けていた近藤弁護士は 扉が開くと同時に椅子横に起立、 若くて頭脳が良いことが すぐに見てとれる様子の男だった。 「約束なしにも関わらず  お会い戴けて光栄です」 「竹内志保さんについてなら  家内のほうが詳しいので」 「私が御用件をうかがいますわ」 近藤は数枚の書類を広げて 「私は木曽の竹内家の代理で  亡くなりました御長男の  遺児・樹君の件で、至急  志保さんにお会いしたいのです」 そう切り出した。 「竹内家のどなたが?」 「御当主が先年逝去されまして  奥様、つまり、樹君の  お祖母様より、樹君の捜索の  御依頼を受けました」 「なんの御用かしら?」 「竹内家では御長男以外に  お子さんはなく、山林等の  財産相続人が、樹君だけに…」 「そうなの…。一応、志保さんを  只今呼んでますけど、たぶん  興味のない話だと思いますわ」 「興味ない?」 「ええ。私が伺う限りにおいて  竹内様では、戦中の厳しい折に  二人を見捨てて御長男の遺体すら  勝手に持ち去ったのでしょ?」 駆け落ちの二人は死別、 東京へ現れた樹の実父の両親は 息子の不幸を、 “志保のせいだ”と詰り 遺骨も遺品も全てを 二人から奪ったのだった。    
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