慕   情

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亮輔が自室へ戻ると 妻の衣玖はレース編みをしていた。 元々器用な女だが (亮一の戦死の公報以来  没頭するようになったなあ) 悲しみを忘却する手段のためか 難解な模様をこなせるまでになっていた。 「ピアノ…今日は熱心やわ…」 「仕事のムシャクシャ…  晴れるとエエんやけど…」 「…あなたは?」 「ん?わし?」 「あなたも最近…考え込んでる  みたいな様子…商売以外で  なにか…あるんですか?」 「あ……」 『あのな』と言いかけて 亮輔は言葉をのんだ。  (亮一が生きてるかも   と、期待をもたせて   期待外れに終わっても罪…。   よしんば生きていたとして   そこから始まる苦労に   衣玖を悩ませるのも罪。   阿呆やなあ、俺も…、   細工の箱一つで夢みたいな   ことを調べるなんて…) 他人にまで面倒をかけて 亮一の生死の再確認を しようとしている自分に… 亮輔は今更ながら 嘆息を繰り返すのだった。       
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