慕   情

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おそらく事は巧く流れる、と 蓉子は納得して自宅へ戻った。 だだ広くした居間には 二人の息子がゴロゴロと寝息…。 ソファには母親が居て 「ねえ、次はブラームスにして  頂戴な、“由紀智(ゆきとも)さん”」 「かしこまりました、お母様」 レコードを選ぶ夫の“修三郎”。 兄が非業の死を遂げたときから 修三郎を兄・由紀智と 錯覚しながら生きる母に… 蓉子は温かい紅茶を淹れた。 「いい夜ね…好きな御茶に  好きな音楽…あなた達さえいれば  お母様はとても幸せ…」 天井に視線を泳がせる母親。 年月が経ってみると… 兄は不幸であったと、蓉子は思う。 天文学者であった父とは 全く似つかぬ頭脳で、 周囲の期待に反比例して 学問も出来なければ 世あたりも上手くない。 いつしか覚えた 賭博と女遊びのツケを、 妹を芝山に嫁がせることで 帳消しにしながらも さらに破滅していった兄。 兄を憎んだこともあったが、 芝山修三郎との出逢いは 蓉子にとっては宿命…。 これほどまでに心豊かに 人生を送れる伴侶はないと、 この宿命に今は感謝していた。 庭から微かな虫の声と 涼風がやってきて… 蓉子は修三郎に寄り添った。
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