灯り燈せば…

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芝山屋敷の入口から 大きな庭の中の小道を 車が進んでいくと、 洒落た長屋があらわれて 「あれが社宅や」 亮輔が窓越しに指す方の 家々の灯りを、衣玖は見た。 すると、一軒の玄関が開いて… 高い背の影が手を振り… 車はその前に停められた。 「休みなのに悪かったな、正」 「いや、いいドライブになったさ」 そのついでのように 「父さん、名古屋からでも  大旅行だったろ?母さんも」 それはさも、当たり前の 久しぶりの親子の再会のように 春紀・亮一が笑顔を向けた。 岩のように身動き出来ないまま 春紀を凝視する衣玖。 それはさながら術にでも かかってしまったように…。 車の扉が開けられて… ゆっくりとしゃがんだ 春紀の両手が母に差し伸べられた。 母親想いの息子は…この衣玖の、 正直者で責任感の強い… それから…愛情深い心の内を、 誰よりも承知出来ていた。 「母さん…よく来たね」 春紀は母親を抱いた。 「泣かなくていいんだよ、母さん!」 たらちねの母は スッポリと腕に入る程 小さくなっていて 春紀の腕はつい力が入った。 「“母さん”て…呼んでくれるのぉ?  アンタを地獄へ落とした私を  “母さん”て呼んで…  呼んでくれ…るのぉ…」 「母さんのせいなんかじゃないんだ。  母さん!苦しまないでくれ」 春紀にしがみついて泣き崩れる衣玖。 二人の到着を迎えていた 近所の仲間も…むろん芝山夫婦も 泣きじゃくる衣玖に 涙を誘われずにはおれなかった。
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